十和子は心配

 ☆




 翔ちゃんから何度もかかってきていた電話は、昨日の朝からぱったり途絶えてしまった。


 お昼の学食で、絵美は机の下で携帯をこっそり確認して、何の連絡もないことを確認して、気分が重くなる。


「絵美、聞いてる?」


 十和子が絵美の顔の前で手をぶんぶんと振っている。絵美も手を振り返してみる。


「ごめん、何の話だっけ」


「さっきの授業の話。今日この流れ三回目だよ? 体調とか大丈夫?」


 絵美は頷いて、証拠を見せるようにうどんの麺をすする。口の中を滑らかに抜けて、胃にすとんと落ちていく。食欲はあまりないのに、食べてみると意外と入るものだから、人間の体はあまのじゃくだ。


「さっきのさ、有機化学の授業の最後にやってた、何て化学反応だったっけ。来週小テストとか言ってたのにあれ全然わからなくて。絵美、わかった?」


 さっきの授業? どんな内容だったっけ。たぶん手は動かしていたから、ノートには書いてあるはず。いや、動かしていた手は、黒板の文字を写していたんだろうか。自分の心の声を書き連ねていたような気もしてくる。


「彼氏さん絡み?」


 十和子の言葉に、ビクッとする。


「当たりか。ケンカ?」


「うん。ちょっと、ね」


 ケンカと言っていいのか。何せ口論したわけではない。私が一方的に悪いのかもしれないし、捉え方によったら彼が一方的に悪いのかもしれない。本当は、どっちも悪くないのかもしれない。


「あんまり長引かせたら、些細なケンカでもこじれるよ。絵美、誰かに相談とかしなかったらこじれさせるタイプでしょ?」


「う、よくわかるね」


「ゆきっちにこの前会ったとき聞いた。昔ケンカしたときそうだったんでしょ」


 そう。彼女とは中学生の頃から何度かケンカをして、いつも周りの友達に助けられていた。高校一年生のあのとき、Cymbalsと出会ったあのときも、ケンカしていた相手は彼女だった。そのときも、すーちゃんに助けられた。


 やっぱり、すーちゃんに動かされていた。


「私で良ければ相談乗るよ?」


「うん、ありがとう。でも」


 十和子に縋りつきたい。だけど、それにはここまでの成り行きを一から全て話さないといけない。長くて、切なくて、複雑で、ごちゃごちゃしていて、気が遠くなりそうで。それをできる自信が今はない。


 どうして、こんな道に迷い込んだんだろう。


 十和子は困った表情をしながら、立ち上がって、長椅子の隣に腰を下ろした。


「ごめんね。じゃあ、無理そうなら話さなくてもいいから」


 体を寄せると、椅子の上でぎゅっと手を握ってもらった。それだけで泣きそうになり、こらえるため、彼女に小さく「ありがとう」と言った。


 だけど私は、電話をかけられない。怖くて、かけられないよ。



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