ごめんね、

 ☆★




「不衛生だよ」


 絵美は微笑みながら、自分の彼氏の寝顔に向かって、バカ、と言った。


 翔ちゃんにCDを渡してもらおう、それをきっかけにしてこの前突然泣いたことを謝ろう、と思っていた。彼のマンションはオートロックなどなくて、だけどドアを叩いても返事がなく、しかも鍵が開いていた。こっそり中を覗き見ると、物が散らばり、空のコンビニ弁当や空のカップ麺の容器がテーブルに置かれたままの部屋で、彼はベッドに横になっていた。その枕元には体温計が置いてあって、どうやら熱を出したらしい。


 絵美はテーブルの上を片付け、そこに置かれていた約束のCDは、少し迷ってからそっと鞄に入れて、ベッドの横にペタンと座り込んでいた。


 キッチンを除けば六畳くらいの大きさだろうか。狭くて、降り始めた外の雨のせいで暗くて、孤独な部屋に感じた。それは物が散らかっているから思うんだろうか、それとも、逆に綺麗なら、もっと物寂しくなるんだろうか。


 静かな部屋で、キッチンの方から冷蔵庫の低い音が唸る。氷枕とか、スポーツドリンクとかないかな、と立ち上がると、床に置かれた携帯電話が目に付いた。彼が今使っているのとは違う、何世代か前の黒い携帯で、しかもなぜか充電中だ。


 絵美はすっとそれを手に取り、適当にボタンを押して画面を表示させてみた。パスワードはかかっておらず、「澄香」と書かれたメールボックスが開かれたままだった。息を呑む。


 勝手に見ていいはずがない。こんなの悪趣味だ。だけど、だけど。


 適当にメールを一つ開いた。それがすーちゃんの書いたストーリーだということはすぐにわかった。わかって、内容を読み込むうちに、手が震えはじめた。


 前後のメールを開いて、読んでいるうちに、絵美は携帯を床に落とした。コトン、と鈍い音がして、ベッドからもぞもぞと動く音がする。


「絵美……」


 体を起こした翔ちゃんが見ている。雨で湿ったスカートが、涙でますます濡れている。


 昨日のカフェでのことは、やっぱりそうだったんだ。すーちゃんは、翔ちゃんにこんなことをしてほしがっていたんだ。翔ちゃんは、それを叶えてあげたかったんだ。


 翔ちゃんは、やっぱりすーちゃんが好きで、すーちゃんが忘れられなくて、すーちゃんだけをずっと見ていて、すーちゃんが、すーちゃんが、すーちゃんが。


「ごめんね、私がすーちゃんじゃなくて」


 顔をくしゃくしゃにしながら立ち上がって、鞄を乱暴に掴み、部屋から外へと走り出した。


 ダメ。ちゃんと翔ちゃんを看病しなくちゃ。ちゃんと翔ちゃんと話してみなくちゃ。ちゃんと翔ちゃんに本当の気持ちを聞かなくちゃ。


 そんな理性は、涙と風雨と荒い息でかき消される。この感情の昂ぶりは、雷だって呼び起こしてしまいそうだ。



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