今の自分で
☆
「ああ、美味しい」
絵美と十和子は、野菜炒めを頬張りながら、満足げにうんうんと頷く。
今日も二人は学食で一緒にお昼を食べている。この学食の野菜炒めは味付けが良いと評判で、これがメニューに出ているときは、二人ともほぼ毎回頼んでしまう。ピリ辛味噌が絶品だ。
「美味しいー。もうあの店員さん、うちに来て毎日料理してほしい」
十和子は調理場の方を見る。この野菜炒めを作っているのは四十代半ばくらいの背が高いおじさんで、この食堂に二十年以上勤めている大ベテランらしい、と絵美は聞いたことがある。今も彼は白い帽子を揺らしてひたすらフライパンを振っている。
「十和子も実家じゃん。お母さんの家庭の味があるでしょ」
「それがさ、聞いてよ、うちのお母さん料理だけ全然ダメなの。いつも私が作ってるんだよ。お母さん、私は仕事があるからって言ってるけど、こっちだって忙しいのに」
ねえ、と絵美は十和子に同意を求められる。
「いいんじゃない? 将来に向けての修行だと思えば」
「まあね。でも私、結婚しても仕事続けたいから。やっぱり料理できる旦那さんがほしいな」
そこから十和子の愚痴が始まった。彼女が高校時代にバイト先で知り合った今の年上彼氏は、一人暮らしなのに壊滅的に家事ができない。あれ、将来どうするんだろうね、と彼女はまるで他人(ひと)事のように言った。そう言いながら、真面目な十和子はちゃんと世話を焼いてあげるはずだ。
「将来って言えばさ、十和子って何になるの?」
絵美は言った。
「将来の夢? 理科の先生かな」
「先生かあ。中学? 高校?」
「いや、今はまだどっちでもいいかな。どっちの免許も取るつもり」
十和子はデザートのマンゴープリンを一口頬張る。これは普通の味だからか、取り立ててリアクションもない。
「今ボランティアで科学教室のお手伝いしてるんだけどね、子供たちって面白いし可愛いよ。私たちには当たり前のことにも目を輝かせて食いついてくるし」
キャンパスライフを謳歌しているように見えて、実はきちんとやるべきことをやっている。彼女らしいな、と絵美は思う。
「だから、今の勉強も大事なのはわかってるんだけど。難しいよー、絵美、助けて」
「あはは、私もそんなにだよ」
「そう言いながらさ、いつも小テストとか結構できてるじゃん。羨ましいな」
「私は元から理系教科が得意なだけだったから。高校時代、文系教科は壊滅的だったし」
「ああ、つまり一点集中型か。私、ちょっとずつ点稼いでいくタイプだったからなあ。ねえ、やっぱり研究者になるの?」
絵美は首を傾げる。
「まだ決めてないんだよね。親は大学院まで進んでもいいって言ってくれてるけど」
「へえ、いい親御さんだね」
「それはありがたいんだけど。なんていうか、未来の自分を思い描けないんだよね」
今ですら、色んなことが混じってこんなに曖昧模糊としているのに。これから四年後、卒業のときに自分がどうなっているかなんて全く見えない。それがくっきり見えるレンズがあれば、私は似合わない眼鏡だってかけるだろう。
「でも私、絵美の今を一生懸命って感じ、好きだよ」
「えっ、照れる」
「うん。この野菜炒めの次くらいに好き」
「うわ、何それ、微妙な評価」
「私にしたら結構な評価だよ」
ゆきっちは似たようなこと言ったら怒ったけどね、と十和子は共通の友人を引き合いに出した。ゆきっちならそうだね、と絵美は笑う。中学の生の頃から感情の振れ幅の大きい、文化祭や体育祭の後で必ず泣いてしまうようなタイプの子だったので、とても納得だった。
それにしても。十和子の後ろ、窓ガラスに映る自分を見つめる。
今の自分を褒めてくれるのは嬉しいけれど、本当にこのままでいいんだろうか。
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