再開
★
金属バットの心地良い打撃音が空に響き渡る。翔馬が芯で捉えたと思ったボールは、しかし、ライトを守る選手のグラブに真正面から吸い込まれた。
「かー、惜しい」
「いやいや、ナイスバッティング」
左打席で悔しがっている翔馬に、キャッチャー役を勤めている、サークルの会長の羽田(はた)が声をかけた。がっちりとした体と、ほりが深く浅黒い顔が印象的な男だ。
翔馬がこの野球サークルに参加を決めてから初めての練習。大学近くのグラウンドを借りて、実戦形式の打撃練習を行っていた。
「久々の打撃とは思えないよ。体の軸がしっかりしてる」
「いえ、本調子ならもうちょっと飛ぶと思います」
「いや、軟式は飛びにくいからな。意外と難しいぞ」
集合、と野太い声で羽田は叫んだ。守備に就いていたメンバーが、疲れたような顔をしてそれぞれベンチの方へ戻る。
翔馬はベンチに深く座り込んで、グラウンドを眺める。
「懐かしい?」
誠だった。彼はさっきまでセカンドの守備に就いていて、動き回ったせいか汗だくだ。
「ああ、このグラウンドも小六の時以来だ」
この地域の少年野球の市民大会では、よくこのグラウンドが使われる。当時は広いと思っていたのに、と翔馬は懐かしむ。高校時代の、プロでも使えるサイズの球場を経験した今では、自分でもホームランすら狙えそうだ。
「一回ここに応援に来たの、覚えてる?」
「ああ、小六のときだな。秋の市民大会準決勝だっけ」
そのとき、一塁側の応援席に、幼馴染三人が応援に来てくれた。翔馬はキャッチャーとして試合に出ていて、貴重な同点タイムリーを打った。
「あ、やっぱりその上野翔馬だったか」
「え?」
声の主は、誠の隣で汗を拭いている男だった。さっきショートを守っていた小柄な男だ。
「覚えてるか? 俺、そのときのベアーズのピッチャー、近藤」
「……ああ、あの近藤か! 覚えてる覚えてる」
ベアーズは、その試合の翔馬たちの対戦チームだ。懐かしいな、とお互い笑い合う。
「あの試合さ、お前のタイムリーから崩れるわ、俺の盗塁お前に刺されるわで最悪だった記憶」
「ああ、お膳立てありがとうございました」
「クッソ、ムカつく」
ふざけたように帽子のつばを押されて、翔馬の視界が暗くなる。
「まあ、でもあのまま優勝するんだもんな。お前のチーム強かったよ」
「あの年はメンバー揃ってたしな。やりがいもあった」
帽子を脱いだ頭に、涼しい風が流れる。
「そういやさ、あのときのベアーズのセンター、今どうしてる? あいつに盗塁されまくったよな、俺」
「ああ、アイツな」
それから誠も交えて話をしているうちに、少しずつ少年野球の頃の記憶を取り戻していく。
思えば、あれが初めて幼馴染や学校という枠から出たところにできた居場所だった。小さい頃から水泳もやっていたけれど、あれは基本的には個人の活動だし、何より学校のクラスメイトが数人いたし、誠もいた。そう、幼馴染のみんながいないということが新鮮だった。少し自分が成長したような気がして、なんだかむず痒くて。
だから、みんなが試合を観に来たときは活躍してやろうと気合が入った。自分はお前らの知らないうちに、こんな凄いことをできるようになってるんだぜ、と。今思うと、自分の単純さが少し気恥ずかしい。
「そういやお前、今はピッチャーじゃないんだな」
ふと気になって、近藤に問いかけてみた。
「ああ、中学からはずっとショートだよ。うちには大エースの松坂(まつざか)がいたからな」
「あ、ファルコンズの松坂か。球も速くていいピッチャーだったよな」
「というか名前も含めて反則だよね、あの人」
誠が笑いながら言う。彼も中学時代に対戦したことがあるらしい。名前は確かによくネタにされてたな、と近藤も笑う。
「そう言う上野、お前はもう、キャッチャーはいいのか?」
「いや、どうだろ。でもキャッチャーは羽田さんでいいだろ、上手いし」
お世辞ではなく、本心だった。羽田は高校までほぼずっとキャッチャー一本で、高校の軟式野球部時代には弱小と呼ばれていたチームを、キャプテンとして地方大会ベスト四まで引っぱり上げたくらい、能力も統率力もある。このサークルも、彼が入学時に先輩や友人と共に一から立ち上げたものだと翔馬は聞いている。彼がキャッチャーなら安心だ。
少し悔しくても、いい意味で、今は自分の実力をちゃんと把握している。
「よし、休憩終わり。ノックするぞ」
羽田のセリフに、はい、よっしゃ、と周囲から声が上がる。翔馬たちも、はい、と威勢よく声を出した。
「そうだな、ホントあの人がリーダーで助かる」
近藤が楽しげに言った。バッターボックスにいる羽田から、早くしろ、と声がかかり、翔馬は黒いグローブを持って近藤と一緒に駆け出す。実家から送ってきてもらった、小中学生時代の軟式用グローブだ。
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