福引き
★
周囲の田畑や民家ばかりの景色において、一つの建物だけが不釣り合いに大きい。翔馬は呆然と立ち尽くしていた。
「でっけえなあ……」
野球の練習後に、翔馬は誠と二人でショッピングセンターに来ていた。単にスーパーに寄って、買い食いと、いくつか買い物をするためだったが、その大きさにただただ圧倒されている。この規模の商業施設が初めてな訳ではない。自分の地元近くにこんなものができたという事実に驚愕していた。なるほど、商店街も廃れる訳だ。
「こんな敷地、あったか?」
「たぶん元々は農地と民家だったんじゃない? 作るときはなかなか揉めたって聞くよ」
そりゃそうだろう、と翔馬は思う。この敷地内に陸上競技場が入るんじゃないか、というくらい大きい。
店内に入る。最初は中を色々散策するつもりでいたが、練習後だともう体力の余裕がない(野球をやめて数年で体力はガクッと落ちてしまっている)。真っ直ぐ、入り口近くのスーパーに足を運ぶことにした。
スーパーだけでもかなりの広さだ。翔馬が普段見ないような野菜も売っていて、ここで揃わない物はないのでは、というくらい。冷凍食品、お菓子、飲み物、パン、お惣菜、と回るだけでも結構な距離になった。
会計を済ませ、袋に詰めていると、誠が壁の張り紙に反応した。
「福引きあるんだってさ。結構買い物してたからできるんじゃない?」
その張り紙には、一等はシンガポール旅行であることと、「千五百円以上の買い物で一回(最高五回まで)」というルールが書かれていた。自分たちのレシートを確認すると、ギリギリ三千円を超えている。
「一人一回ずつやってみるか」
「お、いいね」
「せっかくレシート渡すんだから当てろよ」
上野君よりは当たりそう、と調子良く言う誠の脇腹を、翔馬は小突いた。
福引き会場には列ができていた。小さい男の子が精一杯、ガラガラ、と回して、だけど出てきたのは白い玉、ハズレだ。しゅんとしたのも束の間、彼は景品のお菓子をもらって、それならそれで、と顔を明るくする。
「昔さ、駅前でよく福引きやってたよな」
「ああ、なんだっけ、毎回一等賞は温泉旅行」
「まあ当たらないよな、あれ」
次のカップルもはずれで、引いた男は苦笑して、女性に笑いながら肩をバンバンと叩かれている。
誰が温泉取るか、勝負しようぜ。
みんなで一斉に本屋でマンガを買って、そんなことを言ったりしたこともあったな、と翔馬は思い出す。はずれたときの反応も様々だった。自分と絵美は露骨に悔しさを滲ませ、澄香は、はずれちゃった、と苦笑して、誠は、やっぱり、と達観したような顔をしながら、目はたぶん一番悔しがっていた。
カラン、カラン、と鐘の音がする。「三等、当たりです!」と赤い法被を着た店員の声がそれに続く。どんな景品かな、と思って顔を覗かせたが、どうやら商品券のようだ。母親くらいの年齢の女性が嬉しそうに顔をほころばせている。
突然、デジャブだろうか、何か妙な感覚に襲われた。あれ、あの幼馴染メンバーの誰かが、一度景品を当てたことがあったんじゃないか? 誠にそう伝えると、
「え、俺は知らないよ」
と返された。
「じゃあ、お前がいないときだったかな」
「いや、いつものメンバーの話なら覚えてるはずだよ。そんな話聞いたら、俺たぶん悔しがったはずだから」
やっぱりそういうことには悔しがるんだな、と思いながら、翔馬は首を傾げていた。どうも気持ちが悪い。寝ぼけてたりして。そう思って定番通り自分の頬をつねると、やはり定番通りひりひりとした痛みが残った。
一つ前の家族連れがはずれに終わると、まずは誠が引くことになった。取っ手を握りながら、ふうっと小さく息を吐き、回した結果は、白玉。
「はい、ありがとうございました」
にこやかな表情の店員から駄菓子を受け取り、誠は神妙な表情で一歩退いた。半笑いでこっちを見つめてきた目が、俺の分まで当ててくれよと言っているようで、大げさだな、と翔馬は苦笑する。
誠に倣い小さく息を吐いて、取っ手を握る。
その瞬間、突然自分の力が抜けたように感じた。力を全然こめていないはずなのに、戸惑う自分をよそに、目の前のくじ引き機は回転している。ぐるん、ぐるんと回るそれを見ていると、玉の回る音が、別の音に変わった。
――……く……は…………まし……
いや、音と言うより、誰かの声。
――…………ん…………します。
澄香の声?
「当たり、二等賞です!」
鐘の音にハッとすると、店員が嬉しそうに銀色の玉を拾い上げていた。別の店員が棚からチケットを二枚取り出してくる。
「二等賞は水族館のペアチケットです。どうぞ、楽しんでくださいね」
ぽかんとしながらチケットを受け取る。誠が興奮したように背中を叩いてくる。
「すげえじゃん、まさかマジで当てるなんて」
「ああ、ありがとう」
上の空で言いながら、さっきの出来事を反芻する。
恐らくあれは澄香の声だ。勝手に福引が回ったように思ったのも、彼女に何か力をもらったからだろうか。それとも、疲れが溜まっているし、全部単なる錯覚だろうか。
正気に戻って、ぶんぶん、と首を振る。そうだ、彼女のことは忘れていかないといけない。
あのキャッチボールの日以来、そう考えるようになっていた。ふとしたときに何度だって思い出してしまうけれど、いつまでもそうやって過去にとらわれている訳にもいかない。最近は久し振りに、前進する感覚を思い出しつつある。それを手放したくはない。
「にしても、水族館か」
誠が、翔馬の手からチケットを引き抜く。
「ああ、ペアチケットとかもらってもな。お前、一緒に行く?」
「何が悲しくて、男二人でこんな所行くんだよ」
はい、と翔馬はチケットを乱暴に返される。当たり前だ。この海沿いの水族館は、周辺に洒落た店も多くて、去年のオープン以来カップルに人気の高いスポットだから。
「誰か誘う人、いないの」
「つってもなあ」
頭の中に、一人の顔が浮かんだ。
「絵美でも、誘おうかな」
誠が振り向く。
「へえ、そうきたか」
「いや、なんだかんだ、こっちに戻ってきてからお世話になってるし。その礼ってことでどうかなって」
さすがに少し照れ臭くなって、
「まあ、アイツが水族館なんか喜ぶかどうかだな」
と冗談めかした。だけど誠は、片目を閉じて笑いかけてくる。
「いや、たぶん喜ぶよ。それでいいじゃん」
「そうかな。後で電話してみるか」
ふと、喜ぶ絵美の顔が浮かんだ。これはいいアイデアだったかもしれない、と納得し直す。
水槽の中の熱帯魚を、かわいい、と言いながら見とれるだろうな。マグロとかを見て、美味しそう、とか言い出すだろうな。翔ちゃん、早く、と急かしてくるだろうな。それは、とても楽しくて、魅力的な時間に思えて。そんな絵美を見てみたくなってきて。
デートみたいだな、と思う。アイツとデート? それはなんだか少し滑稽で、今さら何言っているんだという感じで。だけど、意外とありかもしれない。
同時に澄香の顔が浮かびかけて、なんとか奥深くに押し込めた。
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