220章

今から数百年前すうひゃくねんまえ――。


コンピュータークロエがこの世を滅亡めつぼうさせようと、世界中へ合成種キメラを送り出したとき――。


1人の男が彼女の前にあらわれた。


それがのち英雄えいゆうばれる男――ルーザーだ。


ルーザーはそのときの仲間とともに、クロエの体を破壊はかいすることに成功せいこうした。


だが、クロエはその精神せいしんをコンピューターへとうつし、生きびていたのだった。


てきたおしたことで安心していたルーザーの目の前でクロエは、彼の仲間の体をり、同士討どうしうちをさせる。


そして、最後さいごにはルーザーの体を乗っ取ったが、彼の内部ないぶから放出ほうしゅつされた光の波動オーラによって消滅しょうめつ


――したとか思われていたが、クロエはやはり精神だけの存在そんざいとして生きていた。


そのときにクロエは、ルーザーの体から追い出される前に、彼の頭の中を少しだけこわす。


ルーザーの記憶きおく曖昧あいまいだったのは、そのせいだった。


「前にも話したと思うけど。ホントくやしかったわ。だから少しでも彼がこまるようなことをしてやろうと思ったのよ」


まるでわかころ失敗談しっぱいだんでもかたるかのように、クロエは失笑しっしょうしながら小首こくびかしげた。


「ところでアン。あなたから見て、この世界はどうかしら?」


アンへたずねたクロエは、彼女の返事へんじを待たずに話を始めた。


人間はあらそわずにはいられない。


本当におろかな生き物だと。


かつて文明社会ぶんめいしゃかい崩壊ほうかいさせたコンピュータークロエが復活ふっかつしたことを知っても、まだ戦争せんそうを続けている。


「そんなことはないぞ」


アンが前に出て言った。


「私の仲間たちは戦いを止め、今各地かくちにいる人間たちへ声をかけている。共に世界をすくおうとな。お前が思っているようなことばかりじゃない」


アンの言葉を聞いたクロエは大きくあくびをした。


そして、興味きょうみなさそうに答えた。


それは一部の人間だけだ。


しかも極少数ごくしょうすう――きわめてすくないと。


「まあ、私は人間がいくら共食ともぐいを続けてもかまわないんだけどさ。もうこの地球ほし限界げんかいなのよね」


そして、クロエはさらに話を続けた。


太古たいこの昔から続いている長い戦いのせいで、この地球ちきゅう悲鳴ひめいを上げている。


これはもう人間をほろぼさないと、世界が壊れてしまうのだ。


「でもアン。あなたの言うとお素晴すばらしい人間がいることはみとめるわ」


クロエはそう言うとルーザーとの戦いで、人間への考え方をあらためたとアンへつたえた。


彼らのような、他人や自然のことを考えられる人間はいる。


ならば、もう一度チャンスをあたえてもいいのではないかと、考えた。


それは、グレイからの提案でもあった。


「そこで私のひつじ――シープ·グレイに世界中を見てもらいながら、私の新しい肉体ボディさがしてもらっていたの」


「……その結果けっかがこれか……」


アンの力のない声を聞いたクロエは満面まんめんの笑みを見せた。


そう――。


世界中を見てまわったグレイの報告ほうこくを聞いたクロエは、やはり人間はほろぼすべきだと判断はんだんしたのだ。


うつむくアン。


その後ろ姿を見ていたニコも、同じようにしょんぼりとあごを引いていている。


「そう落ち込まないでよ、アン。じつはあなたに良い話があるの」


アンは俯いていた顔を上げ、クロエを見た。


そのときの彼女の顔は、何とも言えぬ薄気味悪うすきみわるさを感じさせるものだった。

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