219章

グレイの言葉にアンは顔をしかめた。


そばにいたニコも彼女と同じく、その表情ひょうじょうと体を強張こわばらせている。


「世界の真実しんじつだって!? そんなことを私に教えてどうするつもりだ!」


玉座ぎょくざこしけているクロエではなく、となり片膝かたひざをついているグレイへさけぶアン。


それを見たクロエは、ふぅっといきいた。


それが大きく風をこし始め、アンの体にまとわりつく。


「ダメじゃないの、アン。これからあなたと話すのは私よ」


片膝をついたグレイを見下みおろしていたアンは、周囲しゅういう風をり払うとクロエのほうへ体を向けた。


そして、彼女のことをにらみ付けた。


その一方いっぽうでクロエは、アンとは対照的たいしょうてき微笑ほほえんでいる。


それからしばらくあいだ、玉座の沈黙ちんもくが続いた。


遠くのほう――。


玉座の間からはなれた大広間おおひろまからは、ノピアとクリア――。


そして、あやつられたラスグリーンと、マシーナリーウイルスによって暴走ぼうそうしているロミーとの戦いの音がかすかに聞こえてきていた。


「あっ! そうだわ!」


その沈黙をやぶったのはクロエだった。


彼女は両手りょうててのひらをパンッ音を立ててと合わせると、何か思い出したかのように目を見開みひらいた顔をした。


その表情は、まるでおつかいをたのみ、ついでにとどけてほしいもの――ようは用事を追加ついかする母親のようなものだった。


「私のことはこれからママってんでね」


呼ぶはずがないだろう。


――とアンは内心ないしんで思った。


彼女とロミーの両親りょうしん合成種キメラに殺された。


両親が死んだ元凶げんきょう――合成種キメラを作り出した本人であるクロエのことを母と呼べとは何事なにごとかと思ったのだ。


そのときのアンの顔は、普段ふだんの無表情にもどっていた。


だが、彼女の体は小刻こきざみにふるえている。


それは当然のことだった。


目の前には、あのコンピュータークロエがいるのだ。


クロエは火、水、風、地を操り、さらにはひかり波動オーラ自在じざいに使いこなす。


きずえば再生さいせいし、相手をらえばその者が持つ力を手に入れられる。


体からははっするきりのようなパウダーい込ませれば、その者を支配しはいできる。


相手の精神せいしんへと入りんでその者のこころを読み、さらには傷1つ付けずに内部ないぶから攻撃こうげきもできる。


自分はおおかみれの中へ投げ出されたひつじだ。


クロエの気分次第しだいでいつ殺されるかわからない。


アンはそう思っていた。


彼女の無表情は言わばり子のとら――ハリボテのようなものだ。


だが、それでも何とか冷静れいせいさをたもとうとしていたが、やはり本能ほんのう身体からだへと送る信号しんごうにはさからえないでいた。


そんなアンの心情しんじょうさっしてか、ニコがやさしくき声をかける。


鳴き声の聞こえるほうへ顔を向けたアンは、あきらかにつよがっているニコを見てクスリと笑みを見せた。


「そんなにおびえなくていいわよ」


クロエにはPersonal link(パーソナルリンク)――通称つうしょうP-LINKによってアンの心が読める。


いくらアンが強がって見せても、彼女の前では無意味なことだった。


それからクロエは、アンにもっとリラックスするように言うと、ゆっくりとした口調くちょうかたりかけるように話を始めた。

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