194章

アンとロミ―をかつぎ、そしてニコをかかえて走っていたルドベキアは、ようやく城から外が見えるところまで辿たどり着いていた。


見渡みわたかぎりの青い空と白いくも――。


今のルドベキアの心境しんきょうとはちがい、そこから見える風景ふうけいは、とても清々すがすがしいものであった。


いきを切らし、眉間みけんしわせるルドベキア。


ここまで逃げて来れたのは、自分1人だけの力ではない。


仲間たちの犠牲ぎせいがあってこそ――マナ、キャス、シックス、それにクリアのおかげだ。


そう考えると、ルドベキアはその場に立ちくしてしまっていた。


両目りょうめからこぼれ落ちそうになるなみだは、おのれ無力むりょくなげくやしさからか、はたまた仲間を思う感傷かんしょうからか。


それは、ルドベキアがどこまでも続く蒼天そうてんながめた途端とたんきた感情かんじょう起伏きふくだった。


そんな彼をなぐさめるかのように、抱えられているニコがやさしくく。


ルドベキアは涙をぬぐい、ニコへ笑みを向けるとふたたび走り出した。


「もうすぐ……もうすぐで飛行船ひこうせんだ。そうすりゃお前もお前のご主人様も安全なとこへはこんでやれる」


明るい声で言うルドベキア。


ニコはうれしそうに鳴き返した。


……そうだ。


今は泣いている場合じゃねえ。


マナ、キャス、シックス、クリア――あいつらのためにも……。


そして、何よりも俺がまもりてぇもんのために、ここでアン、ロミー、ニコ――こいつらは何があろうと無事ぶじに、クロエあいつから逃がすんだ。


決意けついあらたに、気持ちを切りえたルドベキアだったが、そんな彼の目の前に、空中を浮遊ふゆうしながらあらわれたクロエと、同じくちゅうかぶ土台どだいったグラビティシャドーの姿が。


「いい景色けしきね、ここ」


クロエは、けるような青空を見ながら、自身じしんの――いや、クロムの銀白髪ぎんはくはつもてあそぶ。


クロムの姿をしたクロエを見て、あらためて苛立いらだったルドベキアであったが、自分程度ていどの力では、けしてかなわないことは理解りかいしていた。


それに愛用あいようの武器――斧槍ふそうハルバードも、アンたちを担いで走るためにててきてしまっている。


ルドベキアはアンたちとはちがい、ただの人間だ。


アンやロミーは、マシーナリーウイルスの適合者てきごうしゃ


マナ、キャス、シックスは、自然をあやつ能力のうりょくを持つ自我じがのある合成種キメラ


そして、クリアは2匹の精霊せいれい加護かごけた者。


仲間たちとは違い、彼は何の特別とくべつな力も持ってはいない。


だが、それでも――。


たとえ武器が無くとも――。


ルドベキアはぐにクロエをにらみつけている。


そんな彼の姿を見たグラビティシャドーは、小首こくびかしげ、実に不可解ふかかいそうにしていた。


この人間は、何故ママを目の前にして恐怖きょうふしないのだろう?


どんなちっぽけな生物だって、力のを知れば従順じゅうじゅんになるというのに。


このルドベキアという男は、相手の力量りきりょうがわからないほど知能ちのうがないというのか?


いや、そんなはずはない。


何故ならば、この男は真っ先にママから逃げる選択せんたくをした男だ。


そう――。


だからなんだ……。


だからわけがわからないんだ。


そんなグラビティシャド―へ、クロエが笑みを向ける。


その表情ひょうじょうは、母親が愚図ぐずっている子供を見ているようだった。


そして、クロエは次にアンとロミーへとその目を向ける。


すると、気をうしなっていた彼女たちが、突如とつじょとしてくるしみ始めた。


ロンヘアの持っていた能力――テレパスによる精神攻撃せいしんこうげきだ。


「いつまでねむっているの? さあ、早く起きなさい」


苦痛くつうさけぶ2人へ、クロエは朝になってもずっとベッドから出てこない子供へ声をかけるように言った。


「やめやがれッ!!!」


ルドベキアが素手すでで飛びかった。


だか、クロエは全身からほのお放出ほうしゅつさせ、それをくさりのように変化へんかさせると、ふところに飛んできたルドベキアの体にき付ける。


クロエのアンとロミーへの精神攻撃は止めることができたが、ルドベキアは炎の鎖で拘束こうそくされてしまった。


そんなルドベキアの姿を見たクロエは、何かひらめいたようで両手りょうててのひらをパンッと合わせた。


「そうだわ。面白いこと思い付いちゃった」


クロエの声を聞き、目の前を見るアン。


まだ頭のいたみは引いていなかったが、それどころではないと顔をあげた。


「ル、ルドッ!?」


そこには、炎の鎖にしばられながら、クロエに口づけをされるルドベキアの姿があった。

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