195章

ダラリとしているルドベキアの口へ、自分のくちびるかさねるクロエ。


その体からは霧状きりじょうこな――ちょうなどの体やはねおおっている鱗粉りんぷんい始めていた。


そして、クロエがはなれると、ルドベキアはアンとロミーへ向かって咆哮ほうこうする。


その目は色をうしない、口からはえたけもののようによだれれていた。


その姿は、まるで彼女たちのことを認識にんしきできていないようだった。


ロミーは、そんなルドベキアの姿を見てすぐに理解りかいした。


クロエは、彼女たちが歯車はぐるままちホイールウェイで戦った自我じがのある合成種キメラ――フルムーンの能力のうりょくを使ったのだと。


「これであなたはもう私のとりこ。さあ、あなたがまもりたいものをこわして見せなさい」


クロエは、ビクビクと身をふるわせて妖艶ようえん仕草しぐさで笑う。


フルムーンの能力とは、人をあやつることができる力だ。


その力は、アンやロミーのようなマシーナリーウイルスの適合者てきごうしゃや、彼女と同じ自我のある合成種キメラには効果こうかがない。


だが、ルドベキアはただの人間。


それを思い出したクロエが、面白おもしろ半分で彼へフルムーンの能力をためしたのだった。


アンはゆっくり立ち上がると、ルドベキアへと体を向ける。


「おいルド、しっかりするんだ!」


「バカッ!? ルドから離れろ!!!」


ルドベキアへと歩き出したアンへ、ロミーは大声で止めたが――。


「ぐおぉぉぉッ!!!」


ふたたさけび声をあげたルドベキアが、アンへとおそかってくる。


そこでようやくアンは、ルドベキアが操られていることを理解した。


いや、先ほどのクロエから放出ほうしゅつされていた鱗粉りんぷんを見ればわかることだったと、表情ひょうじょうゆがませる。


「始まったわね。ねえ、テネシーグレッチ姉妹しまい。そのままでいいから聞きなさい」


クロエは両腕りょううでを組むと、アンとロミーへ話を始めた。


2人が気をうしっているあいだに、ルドベキアは逃げる選択せんたくをした。


そして、アンたちを逃がすために、マナ、キャス、シックスの3人はその逃亡とうぼうする時間をかせごうと、クロエに立ちふさがったのだと。


「本当に素敵すてきよね。う~ん、が子たちながられしちゃう」


「みんなをどうした!? 答えろクロエ!!!」


われわすれてなぐかってくるルドベキアの攻撃こうげきけながらアンは、クロエへに向かって怒鳴どなりあげた。


クロエはそんな彼女を見て微笑ほほえむと、周囲しゅういに風をこし、右手と左手を横に広げて見せる。


その両手りょうて――。


右手をほのおおおい始め、左手からは水があふれ出していた。


「あの子たちはもう私の中よ」


それを聞いたアンは、いかりで気がくるいそうになった。


今すぐにでもクロエの顔面がんめんへ、こぶしたたみたい気分だった。


だか、目の前にいるルドベキアがそれをさせてはくれない。


「くッ!? ルド、おねがいだ!! 正気しょうきもどってくれ!!!」


アンが何度も声をかけるが、ルドベキアは休まずに殴り掛かってくる。


そこへロミーとニコも飛び込んできた。


「お前は鱗粉ぐらいで操られるのか!? あたしの知っているルドは、1度自分で決めたら人の言うことなんか聞かない男だぞ!!! そんなお前があんな奴に言いように使われるなよ!!!」


ロミーは、ルドベキアの体を押さえ付ける。


ニコもはげしくきながら、彼を止めようとその足に必死ひっしに食らいついていた。


無駄むだだよ無駄。ただの人間がママの魅了チャームからのがれられるはずがない」


ルドベキアを正気に戻そうと奮闘ふんとうするアンたちの姿が、ひど滑稽こっけいに見えたのだろう。


グラビティシャドーははなで笑いながら、ボソボソとつぶやいた。


だが、クロエは違った。


彼女はルドベキアへ必死にかたりかけるアンたちの姿に、心を打たれているようだった。


「ああ、なんて素敵すてきなの……あれこそいつくしみ……愛、愛なのね」


クロエは、両手で自分の体を抱きしめながら、うれしそうに身をよじっていた。


……なんとかできないのか。


アンが内心でそう思っていると、どこからか声が聞こえてくる。


「アン……ルドベキアの心に直接ちょくせつ語りかけるんだ」


……今の声は誰だ?


その声は、ロミーにも聞こえていた。


アンは、うたがうことなくその声を受け入れた。


それは、その声にどこかなつかしさを感じたからだった。


ロンヘアとつながったとき――。


ルーザーが暴走ぼうそうした自分をすくってくれたように――。


アンは、声のぬししたがって、自分の意識いしきをルドベキアへと向ける。


……ルド……わかるだろう?


私だ、アンだよ……。


あばれるルドベキアの体を抱きしめたアンは、心の中でささやいた。


すると、2人の体から波動はどうのようなものが見え始める。


「アン……か?」


「そうだよ、ルド。私だ、アン・テネシーグレッチだ」


「目がめたんだな。よかった……」


「ああ、ルドとみんなのおかげでまたこうして話ができる。さあ、お前も目を覚ましてくれ」


2人から波動が消えると、ルドベキアの目に再び色が戻った。


そのするど眼光がんこうは、操られる前の彼が持っていた――意志いしの強さを感じさせるものだった。

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