147章

まばゆかがやき始めるてのひら――。


その手にれられたアンは、はげしくさけび、藻掻もがきながら必死ではらおうとした。


だが、マナ、キャス、シックス、クロム4人の自然をあやつる力によって、身動きが取れない彼女は、その抵抗ていこうむなしく、ルーザーがこれからおこなおうとしていることを受け入れるしかなかった。


掌から輝く光がアンをつつんでいく。


そした、ルーザーは彼女の精神世界――意識いしきの底へともぐっていった。


その中で目を開くと、そこは真っ暗なやみだった。


ルーザーは、以前にも何度か他人の心の中へと入ったことがあったが、こんな経験は初めてだ。


人は、たとえどんなに絶望ぜつぼうしていたとしても、心のどこかに希望きぼう期待きたいあたたかな記憶が残っているものだ。


それが心の中では風景ふうけいとなって現れるのだが、アンの精神世界には小さな光さえないものだった。


「アン、聞こえるか?」


当然、返事など返ってこない。


ルーザーは、アンを探し始めたが、周囲にはただ暗闇くらやみが広がっているだけだ。


だが、ふと耳をますと――。


「うぅ……うぅ……」


かすかに少女のすすり泣く声が聞こえる。


少女の声が聞こえるほうへと向かうルーザー。


その方向へ進むと、小さな光が見えてきた。


そして、光までたどり着いた彼が、そこで見たものは――。


「お前、何しにき来たんだ?」


全身が黒い鎧甲冑よろいかっちゅうのような姿をした人物がすわり込んでいた。


マシーナリーウイルスの影響えいきょうによって機械化したアンの姿だ。


何もない真っ黒な空間の中、黒甲冑はあやしい光をはなっている。


その黒甲冑のアンは、幼い少女をきかかえていた。


先ほど聞こえたすすり泣く声は、この少女のものだろうと、ルーザーが思っていると――。


黒甲冑のアンは、無愛想にルーザーへ向かって言葉をはっした。


「何をしている? さっさとここから出ていけ」


黒甲冑のアンは、別に不機嫌ふきげんなわけでも、苛立いらだっているわけでもなく、ただ無感情むかんじょうに言った。


ルーザーは、その言葉を無視して、抱きかかえられている少女の顔をのぞく。


「ひょっとして……この少女はアンなのか?」


そのことに気がつき、思わず両目を見開いたルーザーは、その泣いている少女に触れようと手をばす。


だが、幼い姿のアンは何の反応も見せずに、ただ泣き続けているだけだった。


無駄むだだよ。もうこいつに生きる意志いしなんてない」


困窮こんきゅうしていたルーザーに、黒甲冑のアンが淡々たんたんと話を始め出した。


この女は、これまでいた身近な者たちの死は、すべて自分が原因げんいんだと思っている。


そんな自分が、これからものうのうと生きていくなんてあってはならないと言い、泣き続けているのだと。


だから、この体は完全にマシーナリーウイルスに支配しはいされたのだと、説明をした。


生きることを放棄ほうきした人間には、何を言っても何をしても無駄だ――。


黒甲冑のアンは、話の最後にそう付けくわえた。


「だが、私は彼女を取り戻しに来た。ここへ来るために体をってくれた者たちのためにも、そう簡単にあきらめるわけにはいかんよ」


黒甲冑のアンを見つめて言葉を返すルーザー。


黒甲冑のアンは、そう言った枯れ木のような体をした老人にあきれているようだった。


「じゃあ、感じてみるがいい。この女の絶望をな」


そう言った黒甲冑のアンは、両腕を伸ばし、ルーザーの頭を乱暴らんぼうつかんだ。

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