138章

ルーザーは城の回廊かいろうから空を見上げていた。


風が吹き、白い髪がはげしくれる。


「ずっと眠っていたせいか。ずいぶんとまぶしく感じるな」


さんさんとりつける太陽を全身でびながら、目を細めて言うルーザー。


そんな彼を後ろから見ている2人がいた。


ノピアとリンベースだ。


「信用して大丈夫なのでしょうか?」


リンベースが耳打ちをして、ルーザーに聞こえないようにノピアに伝えた。


「信用するしかないな。もう我々だけでは、機械化したああなったアン·テネシーグレッチを止められん」


ルーザーが地下から起こされた後――。


ノピアは、彼とリンベース、そして動ける少年少女兵たちへ、現在の状況じょうきょうを説明した。


ローランド研究所にいた実験対象モルモット2人――。


ロンヘアとアンが、城門の外で、ストリング帝国の城内に侵入しんにゅうしてきていた大型の合成種キメラと戦闘。


け付けたノピアがインストガンを撃ち、合成種キメラ仕留しとめると、どこからかはなたれた弾丸によってロンヘアが倒れた。


その後、撃たれたはずのロンヘアが特殊とくしゅな思念をばらき、その精神攻撃と思われるもので、帝国内にいたすべての人間が苦しむことになった。


だが、アンの必死な説得によって、ロンヘアは正気に戻ったが、その後――。


仕留めたと思われた大型の合成種キメラが復活し、アンとロンヘアをおそった。


ロンヘアはアンを助けるために、彼女を突き飛ばし、その身をつらぬかれてしまう。


彼はもう助からないとんだノピアは、ロンヘアごと合成種キメラを電磁波で吹き飛ばした。


彼を失った悲しみがゆえか、治療したはずのマシーナリーウイルスがアンの体内でよみがえり――機械化。


そして、今まさにこのストリング帝国に襲い掛かって来ている。


ノピアは暴走したアンを止めるために、拘束こうそくされていたルーザーを解放――協力するように要請ようせいした。


特に反応らしい反応もなく、世界を救った老人はそれを引き受ける。


「私はどのくらい眠っていたんだ?」


どこか寝惚ねぼけた声で、後ろにいるノピアとリンベースに声をかけるルーザー。


リンベースはそんな彼を見て、「この男が本当に世界を救った英雄なのか?」とうたがっていた。


彼女がそう思うのもそれはしょうがない話だった。


背は低く、枯れ木のように細い手足に、まるで生気が抜かれたかのような真っ白な髪。


どこをどう見ても、およそ屈強くっきょうとは程遠ほどとおい。


「そんなことよりもどうだ? 奴を止められるか?」


ノピアが冷たくたずねねると、ルーザーはあくびをき始めた。


それから全身をほぐすように柔軟体操まで始め出す。


「無理だな。今城の外に待機させている子供たちは避難ひなんさせたほうがいい」


それを聞いたノピアは、表情をゆがめて首に巻いているスカーフに手をかけた。


その横で、リンベースが不安そうな顔をして、何か言いたそうな顔をしている。


柔軟体操を終え、ルーザーが深呼吸をしていると――。


「ノピア将軍!!! リンベース近衛このえ兵長!!! アン·テネシーグレッチが城門を破り、城内へと入ってきました」


「街にいた住民たちは、すでに城へ避難しているので、戦うなら今かと」


城の回廊かいろうにいた3人の前に、幼い少年少女と2人が敬礼けいれいをしながら声を張り上げた。


「あなたたちはたしかフェンダー家――モズ部隊長のところにいたストラ·フェンダーの従妹いとこだったわね」


リンベースが笑みを浮かべながら、2人に優しく声をかけた。


「はッ! スクワイア家のジャガーであります!」


「同じくジャズです! 以後お見知りおきを」


よく似た顔をしている少年少女――ジャガーとジャズは、どうやら双子のようだ。


ルーザーは、そんな2人の肩に手を当てると、城の前にいる他の少年少女兵を引き上げさせて、この城の中にいるように言う。


戸惑とまどう2人を見て、リンベースが声を張り上げる。


「勝手な指示を出さないでください! 大体あなたは何を考えてそんなことを――」


だが、ノピアが手を出し、彼女をせいした。


「ジャガー、ジャズ。この老人の言う通りにしてくれ」


「はッ!」


「了解いたしました!」


そうしてスクワイア姉弟きょうだいは、その場から去っていった。


「ノピア将軍! 兵も無しでどうやってここを守るのですか!?」


だが、ノピアは何も答えなかった。


ただ黙ったままスカーフの位置を直している。


「心配しなくていいよ、お嬢さん。とりあえず私が行くよ」


「あなた1人で守れるはずないでしょう!?」


リンベースが叫ぶと、ルーザーはニコッと笑った。


「とりあえずと言っただろう。私1人じゃない。少々待たなければならないが、じきにやって来るさ。問題はそれまでつかどうかだが」


「何がやって来るんだ?」


ノピアが訊ねると、ルーザーはまた口角を上げる。


「君にはわかるんじゃないか、ノピア君?」


そう返されたノピアは、ルーザーの言う何かがこのストリング帝国へ近づいて来ていることを、たしかに感じていた。


「アンのために……もうすぐここへやって来る」


どこか嬉しそうに呟いたルーザーは、そのまま機械化したアンの元へと向かって行った。

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