137章

アンの姿が白い鎧甲冑よろいかっちゅうへ――。


彼女の感情と呼応こおうして、次第にその形状けいじょうを変えていく。


「こ、これは!? 歯車の街ホイールウェイのときとは違うのか!?」


ノピアは自分の目をうたがっていた。


何故なら、アンの姿が彼の知っているマシーナリーウイルスによる機械化とは違っていたからだ。


白い鎧甲冑よろいかっちゅう姿だったアンの体が、今は黒く変色し、禍々まがまがしいフォルムに変化していく。


稲妻いなづまがほど走り、全身から伸びた配線のようなものが、まるでそれ自体が生きているかのように動く。


そして、それらがそのまま彼女の体を侵食しんしょくしていった。


歯車の街ホイールウェイで機械兵――オートマタになりかけ、我を失った――。


そして、ガーベラドームでの戦いのときに見せた、肥大化した漆黒しっこくの右腕――。


今のアンの姿は、それらを合わせたような――いや、それ以上に制御コントロールできていないものへとなっていた。


「オオオアァァ!!!」


デジタルな叫び声をあげたアンは、一心不乱にノピアへと襲いかってきた。


彼は瞬時にピックアップブレードをかまえ、その突進を防御したが、受け止め切れずにそのままね飛ばされる。


宙を舞うノピアは、背負っていたジェットパックを起動させて空中で体勢を立て直した。


「さて、こいつをどう止める?」


ノピアは、冷や汗をきながら考えていた。


だが、機械化したアンが下から電撃をはなってくる。


マシンガンのように発射される電撃をブレードでふせぎながら、ノピアはあることを思い出していた。


そして、すぐにジェットパックを加速させ、その場から離れていく。


飛んで逃げるノピアへ、電撃を放ちながら追いかけてくるアン。


彼は、それをなんとかけながら城の中に入り、城門を閉めた。


壁の向こうでは、城壁を破壊しようと暴れ狂うアンのデジタルな咆哮ほうこうが聞こえてきていた。


……これで少しのあいだつだろう。


あとはあの男にけるしかない。


それから城へと戻ったノピアは、大急ぎで地下へ向かっていた。


「ノピア将軍、一体城の外で何があったんですか?」


その後ろには、事態を把握はあくできていないリンベースが追いかけて来ていた。


その表情はどこか安心しているようだった。


きっとノピアの姿に、目に見えて酷い怪我けががなかったからだろう。


「リンベース近衛このえ兵長。住民と兵たちの被害はどうだ?」


階段をくだりながらノピアは、うしろを追って来るリンベースに状況をたずねた。


彼女は、城にいた者のそのほとんどが、先ほど受けた精神攻撃によって動けない状態になっていると伝えた。


それを聞いたノピアは、あわてて逃げたためにズレたスカーフの位置を直し始める。


「戦える者はどのくらいいるんだ?」


「私と、あとは数名の少年少女兵くらいです」


リンベースの言葉に表情をゆがめたノピアは、ふんっと鼻を鳴らす。


「上出来だ。リンベース近衛このえ兵長は、その者たちに武装させて、城の前に集めろ。すぐに戦闘が始まるぞ」


「ノピア将軍、説明を!! 詳しいことをお聞かせてください!!! それと地下に行って何をなさるおつもりですか!?」


リンベースがヒステリックな声を出すと、ノピアは足を止めた。


その前には、このストリング帝国の城――石でできた地下へと向かう階段や壁には似合わない電子ロックの付いた真っ白な扉が見える。


リンベースは、ノピアがこれからやることを理解したのか、さらにヒステリックに叫び声をあげた。


「帝国を守るためだ。もうこれ以外に手が思いつかん」


ノピアはそう言うと、電子ロックを解除して真っ白な扉を開く。


その部屋には、一人の拘束こうそくされた前髪の長い老人がいた。


壁にくくりつけられたまま、その老人は静かに眠っている。


「ノピア将軍!! もしこのことを皇帝閣下が知ったら大問題になりますよ!!!」


「安心しろ、リンベース近衛兵長。全責任は私が取る」


「ですが、将軍!!!」


「私がえない役を引き受けようと言うのだ。理解してもらわねば困る」


冷静に言葉を返すノピアに、リンベースはもう何も言わなかった。


それでも、おだやかに沈黙ちんもくしているわけではない。


彼女は命令違反ではなく、彼――ノピアがペナルティを受けることを心配しているのだ。


「……さてと英雄。期待にこたえてくれよ」


流れる汗をぬぐいながら、ノピアは老人へと近づく。


その部屋に拘束されていた者は――。


アンとともに、このストリング帝国に連れて来られた――かつて世界を救った英雄ルーザーだった。

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