134章

立ち尽くしているアンへ近づき、宙に浮いたロンヘアを見て表情をゆがめるノピア。


彼は今も彼女と同様、頭の中に電流が流れる感覚を味わっていた。


「一体何がどうしたと言うんだ!? この不快ふかいな感覚は、あの実験対象モルモットからはっせられているのか!?」


答えろアン·テネシーグレッチ――。


ノピアは呼びかけ続けたが、彼女は狼狽うろたえたままで何も答えない、いや、答えることができない様子だった。


彼が放心状態のアンの肩をつかもうとしたそのとき――。


腕についている通信デバイスに連絡が入った。


ストリング帝国の中心にある城に残るように言われた――リンベース·ケンバッカー近衛このえ兵長からだ。


「大変です、ノピア将軍!! 住民や兵たちが突然苦しみ出しました!!!」


ノピアは、あわてている彼女へ落ち着くように言うと、城内の様子を話すように頼んだ。


リンベースの話では、急に頭痛をうったえる者が現れたと思ったら、目の瞳孔どうこうが開くほど苦しみだし、次々に他の者も同じような症状しょうじょうで頭をかかえ、苦しみ始めたと言う。


「もしかしたら大型のキメラが何かしたかと思い、連絡を……ッ!?」


突然リンベースの言葉が途絶とだえたかと思うと、彼女の叫び声が聞こえ始めた。


その声は、まるで全身を火であぶられているかのような苦痛に満ちあふれている。


「おい!? どうしたリンベース近衛兵長!?」


「頭が、頭が……うわぁぁぁ!!!」


そこで通信は切れてしまった。


「っく!? どうやらこの不快感、城内にいる者たちにえられる代物しろものではないようだな」


そうつぶやいたノピアは、手に持っていた電磁波放出装置ーーインストガンをかまえた。


その狙いは、宙に浮かぶ色素の薄い髪色をした少年ーーロンヘアへと向けられている。


その姿を見たアンが、急に正気を取り戻して、ノピアの体を押さえつける。


「何をする気だ!? やめろノピア!!!」


「やめるのはお前だ、アン·テネシーグレッチ! あいつを殺さないと、ストリング帝国の人間が皆死んでしまう!!!」


それを聞くと、ノピアを掴んでいたアンの手の力が抜ける。


彼はその機を逃さなかった。


彼女を振り払い、ロンヘアへ向かってインストガンを撃ったが――。


「ダメだ!! やめてくれ!!!」


振り払われたアンが、再びノピアの体にしがみついてきた。


放たれた電磁波が、ロンヘアの肩をかすめたが、彼は動じることなく、宙に浮かんだままだ。


アンは悲願ひがんしながら、彼を――ロンヘアを撃たないでほしいとすがり付く。


ノピアは、そんな彼女の姿に戸惑とまどっていた。


着ている服――可愛らしいワンピースのせいもあったのだろう、今の彼女は好きな人を助けたいとねがう、ただの16歳の少女――年相応としそうおうの人間にしか見えなかったからだ。


「ロンヘアは自分を守ろう必死なだけなんだ。私が、私がなんとかするから、撃たないでくれ……」


涙を流しながら訴えかけるアン。


そんな彼女を、ずっと振り払おうとしていたノピアの動きが止まった。


そして、構えようとしていたインストガンを下ろすと、すがりついているアンを突き飛ばす。


「……わかった。チャンスをやろう」


ノピアはアンへ、実験対象モルモットを止めれるなら止めてみろと、冷たい言葉を続けた。


アンは頭を下げて礼を言ったが、彼は先ほどみ合ったせいでズレたスカーフの位置を直し、表情を歪める。


「勘違いするな。こちらもできることなら実験対象モルモットを失いたくない」


アンは、そんなノピアに笑みを返すと、流れていた涙をぬぐい、ロンヘアの前へと向かっていった。


「チャンスは一度だけだ。お前が失敗したと判断したら、実験対象モルモットの頭を吹き飛ばす」


アンの背中に、ノピアの冷たい声が投げかけられたが、彼女はそれを激励げきれいと受け止めて歩を進めた。

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