133章

アンが帝国の外に出ると、そこから8メートルはあろう合成種キメラとそれから逃げているロンヘアの姿が見えた。


無限に広がる砂漠さばくの所々に、かつての文明のあと――くずれているビルや住宅、半壊はんかいしている道路の上を、彼は息を切らして走っていた。


体力には自信があったのだろうが、今にも追いつかれそうだ。


「ロンヘア、それくらいでいいよ!! 早くこっちへ戻ってきてッ!!!」


城門と大型の合成種キメラとの間には、もう十分な距離きょりがある。


そう思ったアンは、ロンヘアを呼び戻そうと声が枯れるまでさけんだ。


だが、もう彼は限界だった。


帝国の中心から、今までずっと走り続けていたのだ。


両足は悲鳴ひめいを上げ、心臓の鼓動こどうはすでに上限をえていた。


そして、ついにつまずいて、その場で倒れてしまう。


恐怖で表情をゆがめるロンヘア。


獲物に狙いを定めた大型の合成種キメラが、空気をらすような雄叫おたけびをあげた。


ロンヘアが殺される。


アンはすでに走り出していたが、もう間に合わない。


「ロンヘアッ!! 逃げて、逃げてよぉぉぉ!!!」


泣き叫んだアンと同時に、彼女の後方から電磁波が放出された。


ストリング帝国の電磁波放出装置――インストガンによるものだ。


それによって、大型の合成種キメラの上半身が破裂はれつして飛び散った。


「アン·テネシーグレッチ……お前、何故こんなところにいる?」


インストガンを撃ったのはノピアだった。


訊かれたアンは、彼の質問を無視してロンヘアの元へ走り出す。


……ロンヘア、ロンヘア、ロンヘアッ!!!


心の中でロンヘアの名を叫び続け、倒れている彼の体を抱きしめた。


「よかった……ダメかと思ったけど……本当によかった」


泣きながら、返り血を浴びたロンヘアにすがりつくアン。


血塗れのロンヘアは、そんな彼女の頭をさすりながらニコッと笑う。


「アンの描いた絵をもらうまでは死ねないよ」


ロンヘアは息を切らしながらも、アンを落ち着かせようと優しく声をかけた。


彼女は手で涙をぬぐいながら、精一杯の微笑ほほえみ返す。


「そうだったな。うん……そうだ……」


笑い合うアンとロンヘア。


それからアンは急にほほふくらませて、彼を怒鳴りつけ始めた。


「それにしても、なんであんな無茶をしたんだよ!」


そんな彼女に対して、ロンヘアはただ申し訳なさそうに頭を下げるしかなかった。


それでも容赦なく続けるアンに、彼はおだやかに声をかける。


「僕は“適合者てきごうしゃ”だからね。この力を使って人を助けたい……そして、みんなを幸せにできたらなって思うからさ」


実際に彼は、常人よりも身体能力がすぐれていた。


だが、研究所のデータによれば、同じ適合者てきごうしゃであるアンや、完全なものではないとはいえ、マシーナリーウイルスの影響を受けているノピアほどではない。


それでもロンヘアは、自分をマシーナリーウイルスの適合者であると信じていた。


自分がその力で他人を幸福にできると。


それは、記憶のない彼がすがった、唯一ゆいいつの存在証明だったのかもしれない。


ロンヘアの言葉を聞いたアンは、また泣き始めてしまった。


拭っても拭っても涙が止まらない。


「バカ……だから坊ちゃんなんだよ……ロンヘアは……」


その様子を見ていたノピアは、事態じたいをよく飲み込めて居なかった。


だが、とりあえず合成種キメラ脅威きょうが去り、アンとロンヘア――実験対象モルモットが無事だったことにホッと肩を落とした。


「まったく、なぜ奴らがこんなところに……」


ノピアが、アンとロンヘアに近づこうとしたとき――。


突然ロンヘアが撃たれた。


ひたいに穴が開き、そこから血が流れ始めている。


インストガンによる電磁波ではない。


誰かがこの場にいない者が、離れたところから狙撃そげきしたのだ。


アンの目の前で再び倒れるロンヘア。


ノピアは、周囲を警戒――確認をしてから彼女へ呼び掛ける。


「おい、隠れろ! そのままだと狙い撃ちにされるぞ!!」


だが、アンにはノピアの声を聞こえていなかった。


彼女は、ロンヘアの頬に手をやり、放心状態になってしまっている。


「ロン……ヘア……?」


返事はない。


ピクリとも動かない。


だが、それでもアンが力なく声をかけ続けると、突然ロンヘアの両目が見開く。


それを見た彼女が再び声をかけようとすると――。


「っく!? こ、これはさっきの……!?」


先ほど彼を捜していたときに感じた――頭の中に電流が流れるような感覚に襲われた。


それは先ほどよりも激しく、アンの中でまるで生き物のようにうごめいている。


「なんだ!? この不愉快ふゆかいな感覚は!?」


うつむくアンから離れたところで、ノピアも同じ感覚に襲われていた。


アンとノピアが頭をかかえていると、ロンヘアの体が次第に宙に浮き始めた。


「これでOK……あとはアンのほうがP-LINKに目覚めれば……」


アン、ロンヘア、ノピア3人がいる場所から、かなり離れたビルの上にいる男がそうつぶやいて笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る