132章

――その頃。


避難ひなん先である城では、ノピアが帝国兵に指示を出していた。


兵たちには住民の誘導ゆうどうを優先するように伝え、彼は自ら侵入しんにゅうしてきた合成種キメラを始末しに行くと言う。


「おひとりで行かれるつもりですか!? いくらノピア将軍でも無謀むぼうです!!!」


リンベースがそれを引き止めた。


城門から侵入してきた合成種キメラが、いつも戦っている化け物だったら、彼女もこうは言わなかっただろう。


そう――。


すでに街の中に入ってきた合成種キメラは、ゆうに8メートルはある巨大な体をしていたからだ。


「戦える機械兵オートマタはすべて出払っているのだろう? 帝国兵の人数もそう多くはない。兵を住民の誘導に回すとなれば私が応戦しないわけにはいかんよ」


「でしたら、私も……」


ついて行こうとするリンベースに対して、ノピアは目を細めて見つめた。


そして、ズレてもいないスカーフの位置を直し始める(彼のくせだ)。


「リンベース。君には私がしくじったときに城を守ってもらいたい。わかるな?」


事務的で冷たいノピアの声――。


リンベースは何も言い返せずにいると、彼は背負ったジェットパックで空を舞い、合成種キメラいる城門のほうへと飛んでいく。


「……祭りの責任者よりも、こっちのほうが気が楽だな」


ノピアは、物凄いスピードで空を進みながら一人つぶやくと、クスッと笑った。


――合成種キメラの足止め――おとりになると言ったロンヘアを追いかけて、アンも城門のほうへと向かっていた。


武器を何も持たないままでは確実に殺される。


アンは素手のまま行ってしまったロンヘアの心配しながら、自分に何ができるかを考えていた。


「ロンヘアの奴、インストガンもブレードも無しでどうやって、合成種キメラを止める気なんだ」


インストガンとは、古い突撃銃を思わせる電磁波放出装置のことだ。


それと、ブレードはピックアップ·ブレードという光剣――。


半導体レーザーの出力が調整してあり、グリップにあるスイッチを押すとサーベルのような形状になるものだ。


2つともストリング帝国兵の使用する武器だが、現在ローランド研究所の実験対象モルモットであり、可愛らしいワンピース姿のアンが持っているはずもない。


彼女は走りながら自分の右腕を見た。


以前なら、この右腕はマシーナリーウイルスの影響によって機械化しており、強力な稲妻いなづまはなつことができた。


さらにウイルスの影響で、常人をえるスピードをて、腕力も合成種キメラ匹敵ひってきする力を持っていた。


だが、今の彼女は研究所の治療によって、その能力をすべて失っている。


それでも、アンはロンヘアを放っておけなかった。


彼は、自分が辛く悲しんでいるときに、優しく声をかけてくれた――。


冷たく突き放す態度をとっていたというのに、見捨てずに傍に居続けてくれた――。


そして今度は、自分の命の危険をかえりみずに、皆を救おうとしている。


何もできなくても、力になれなくても、ロンヘアの傍に居たい。


それが今のアンの気持ちだった。


アンが城門付近に着くと、周りの建物や城壁が破壊されていたが、ロンヘアと合成種キメラの姿はない。


彼女があせりながら周囲を見渡していると――


……アン、こっちへ来ちゃダメだ。


どこからか声が聞こえる。


優しい中性的な声――ロンヘアの声だ。


だが、いくら探しても彼の姿はない。


それでもロンヘアの声はアンには聞こえ続けていた。


「な、なんだ!? どうしてロンヘアの声が!?」


アンは自分が頭がおかしくなったのかと思ったが、もしかしたらローランド研究所で何かされたのかもしれないと考えていると――。


突然、頭の中に電流が流れるような感覚におそわれた。


「っく!? なんだ今のは!?」


頭を抱えてうつむくアン。


そんなことはお構いなしに、頭の中では先ほど味わった感覚が続いていた。


そして、彼女はふと顔を上げる


「……彼の……ロンヘアのいる方向がわかる」


まるで何かにみちびかれるかのように――アンは自分が感じ取ったもの信じて、城門から外へと出て行った。

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