118章

アンたちを囲んでいる機械兵オートマタたちから少し離れた路地裏で――。


フルムーンが壁に寄りかかりながら歩いていた。


彼女は、クリアとロミーがアンを止めている間に、そっと気づかれないように逃げていたのだ。


フルムーンは電撃によって焼けげた自分の肌を見て、その美しい顔をゆがませる。


「あの小娘……アンとかいったな。グレイが何を考えているか知らないけど絶対に殺してやる」


カン、カン。


呼吸するのも苦しそうなフルムーンが、独りそうつぶやくと、どこからか鐘のが聞こえてきた。


うつむいて歩いていた彼女が、ふと顔をあげると――。


「そんなことはさせませんよ」


そこには着物姿の女性――クリア·ベルサウンドが立っていた。


彼女の傍には2匹の犬――小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティールもいる。


小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティールは、フルムーンを見るやうなり始めていた。


クリアは目を細め、まるで縛り付けるかような視線をフルムーンへ送る。


「ひぃッ!?」


フルムーンは思わず足を滑らせて、地面に腰を落としていた。


ドレスからあふれ出そうだった乳房ちぶさが、乱れたことで見えそうになり、スカートから下着も丸見えになってしまっている。


「居なくなっていたから追いかけて来ました。さあ、決着をつけましょう」


クリアがそう呼びかけると、フルムーンはすぐさま頭を地面にこすりつけた。


そして、そのままの姿勢で話を始める。


「……クリア。恥をしのんでお願いするわ。あたしを許して」


頭を下げたままなので、フルムーンがどんな顔をしているかわからないクリアだが、その声を聞くと泣いているようだった。


フルムーンは泣き声のまま続ける。


「実はあたし……命令されていただけなの。悪いのは全部ストリング帝国なのよ。あたしは指示通りやっただけ」


「では、何故ノピアとイバニーズという帝国の将校しょうこうが、あなたを倒そうとしていたのですか?」


それからフルムーンは、ノピアとイバニーズ2人がストリング皇帝に逆らい、この歯車の街ホイールウェイを手に入れて反乱を起こす気でいたと話を始めた。


だから彼らがあたしを倒そうとしたのだと。


「あたし……ストリング帝国の逆らったら殺されてしまうから……だからしょうがなく……」


フルムーンは言葉にまると、地面に擦りつけていた顔をあげた。


その顔は、火傷やけどと切り傷まみれで、目からは涙が流れている。


だがそれでも、そのときのフルムーンの顔は、この世のものとは思えないほど美しい顔をしていた。


「ねえ、クリア。あたしたちこの街でうまくやれていたでしょう? 実は……死んでしまったブレイブを生き返す方法をあたしは知っているの。だから、またやり直せないかな……?」


「フルムーン……」


クリアは悲しそう顔でフルムーンを見下ろしていた。


今にも噛みつきそうな小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティールを刀に変化させ、さやに納めたまま腰に差す。


「わかりました……」


「えッ!? あたしを見逃してくれるの……?」


媚びるような甘えた声で訊くフルムーン。


クリアは背を向けて答える。


彼女は、ブレイブを生き返す方法があるというフルムーンの言葉が、真実か嘘かを確かめるすべがない。


それに、やはりフルムーンのことは許せそうにないのだと言う。


だから、このまま去ってくれと。


「その代わり2度と私の前に姿を現さないでください」


「ああ……ありがとう……クリア……」


礼を言うフルムーン。


その体は嬉しさからか、ふるえていた。


そして、クリアの背中に声をかける。


「あたしを追ってきたのがあなたでよかった……」


ゆっくりと言葉を重ねていくフルムーン。


だが、彼女の声の質が次第に変わっていった。


普段の――とても挑発的な声にだ。


「あのロミーとかいう子供ガキや、ジイさんじゃあたしのパウダーは効かないもんね。だけどクリア……あなたならあたしの力で操れるッ!!! じかは強力なのよ!!!」


背を向けたクリアに襲い掛かるフルムーン。


「まただまされてやんの。ホント馬鹿な女。あはッ!!」


彼女が高らかに笑いながら、クリアの首筋に噛みつこうとしたが――。


「フルムーン……2度も騙されませんよ」


クリアがそう呟くと2本の刀を抜刀。


居合抜きでフルムーンの首を跳ね飛ばした。


「う、嘘……でしょ? クリアッ!! あなた、わかっていてわざとッ!?」


「さよらなフルムーン。出会ったばかり頃のあなたは……素敵でした……」


「イヤ、イヤよッ!! あたしはママになるんだ!!! すべてを操って何もかもコントロールするはずなのに!? こんなとこで人間クズに殺されるなんて……イヤァァァッ!!!」


叫びながら宙を舞っているフルムーンの首。


彼女の首が街をただよう蒸気の中へと飛んでいく前に――。


クリアは斬撃を飛ばし、跡形もなく消滅させる。


「終わりましたよ……あなた」


静まり返った路地裏には、2本の刀を抱いて身を震わすクリアの姿と、鐘の音が鳴っていた。

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