117章

よく見るとすでに囲まれており、機械兵オートマタたちが動くたびに金属が重なる音が鳴っていた。


束ねた長い髪と垂れ幕のように下がっているひげを揺らしながら、ストリング皇帝が近づいて来る。


皇帝はグレイを一瞥いちべつすると、次に倒れているアンのほうを見た。


「ふむ。今まで何故彼女が機械兵オートマタ化しなかったのか不思議だったが、これはもう時間の問題だな」


ルーザ―がアンを抱きかかえながら、ロミーと目を合わせた。


2人は、この長い髪と髭を持った人物のことを知らない。


ただ、格好から見てストリング帝国の者だとは理解していた。


ルーザ―とロミーは、内心でノピア、イバニーズと共闘中なのだから問題はないはずと考えている。


「時間の問題というのはどういうことですかね?」


グレイがストリング皇帝に声をかけた。


ロミーは、完全に機械になることに決まっているだろう、と表情に怒気が現れる。


「もうすぐ死ぬな、この娘は」


それを聞いたルーザ―とロミー2人は驚きを隠せなかった。


そんなことになるとは思わなかったからだ。


ストリング皇帝は話を続ける。


マシーナリーウイルスに感染した者は、あるスイッチ入ることですぐに機械化が始まる。


だが、今のアンのような中途半端ちゅうとはんぱに変化していく場合――。


そのほとんどが死にいたるそうだ。


「拒否反応というやつだろう。このままだとアン·テネシーグレッチは確実に死ぬ」


医療会議でカルテを読み上げる医者のような、そんな淡々たんたんとした口調で話すストリング皇帝。


ロミーは「2回も同じこと言うな」と思って苛立った。


ルーザ―は肩を落として、気を失っているアンの顔を見ている。


「取引をしないか? ストリング皇帝閣下」


グレイが声をかけると、ストリング皇帝がうたがわしげな表情で彼を見た。


そんなことを気にせずに、彼はニコッと笑顔を返す。


「こちらはアンの治療を頼みたい」


「それはわかった。だが君は、私とけ引きできるカードを持っていないのではないのかね?」


「持っていますよ。あなたが交渉に応じらずにはいられないカードをね」


そしてグレイは、しゃがみ込んでいるルーザ―のほうを見た。


ストリング皇帝は、そんな彼を見てさっしたのか、ふんっと鼻を鳴らす。


「取引というにはずいぶんな差があるな。こちちには、力づくでやるという選択があるということをわからんのかね?」


「あなたはそんな馬鹿なことをしませんよ。なんといってもこれだけの被害状況なんだから」


そう言ったグレイは腕を突き出した。


それから歯車の街ホイールウェイの酷いあり様を、ストリング皇帝に見せるように手を振る。


その顔は、観光ガイドのようににこやかものだった。


ルーザ―とロミーは、2人が何のことを話しているのか理解できず、完全に置いてけぼりを食っている。


「まさかこの状況で、“世界を救った英雄”と戦うつもりはないでしょう? チェスや将棋、囲碁でいうところの悪手あくしゅだ、それは」


グレイの“英雄”という言い方に、ルーザ―とロミーはようやく話を理解した。


2人はイバニーズが言っていたことを聞いていて、ストリング皇帝が、コンピュータークロエを止めた英雄であるルーザーを捜していることを知っていた。


このミルキーハットを被った男――シープ·グレイが何故そのことを知っていたのかはわからなかったが、、彼はルーザ―を取引の材料に使おうとしている。


「ロミーッ! ルーザ―ッ! 無事なのッ!!!」


そこへ機械兵オートマタの頭を踏みつけながら飛んでくる少年――クロムが現れる。


飛んでいる彼の体には、ニコとルーがしがみついていた。


ルーザ―とロミーの無事を確認した後に、グレイの姿を見たクロム、ニコ、ルー。


彼らは一斉にグレイの体に飛びついていく。


「グレイも無事だったんだね。よかった、よかったよぉ」


グレイはそんなクロムの頭を優しくで、ニコとルーの体をさすっている。


「アンは大丈夫なの?」


クロムが抱きつきながら訊くと、グレイがルーザーを見た。


「ああ、大丈夫だよ。英雄さんが助けてくれるさ」


それを聞いたルーザーは、アンをゆっくりと地面に寝かすと立ち上がった。


そして、ストリング皇帝の目の前へと歩き出す。


「彼女を救うためには、これしか手がなさそうだな……」


ルーザーは大きくため息をつくと、両腕を前に突き出した。

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