119章

歯車の街ホイールウェイの上空付近――。


機械兵オートマタの大軍を収容した航空機――トレモロ·ビグスビーが飛んでいた。


ストリング帝国の科学力が誇る兵器の1つ――トレモロ·ビグスビー。


全長約17m 全幅約25m 全高約7m。


垂直離着陸型のそれは、ヘリコプターの垂直離着陸能力を持ちながら長距離飛行移動が可能であり、最大で約20人は乗員可能。


この兵器もまた、帝国の戦闘車両――プレイテックと同じように、歯車の街ホイールウェイで造られたものだ。


暴走したアンを止めようとして吹き飛ばされたノピアは、その後、帝国兵により助け出されていた。


そして、今はトレモロ·ビグスビー内の簡易かんいベットで横たわっている。


その傍には、ストリング帝国の制服を着た女性が、固唾かたずを呑んで見守っていた。


ストリング帝国の近衛このえ兵長であるリンベース·ケンバッカー。


彼女の髪型は、ショートカットで前髪だけが長く、片目が隠れている。


髪型は男性のようだが、目にかかった髪をかき上げると、彼女の東洋人的な薄顔の美貌びぼうとりこにならない男性はいないと思わせるものだった。


リンベースは、眠っているノピアをいとおしそうに見つめている。


「ここは……?」


目を覚ましたノピアを見て、くもっていたリンベースの表情が晴れた。


だが、すぐにキリっとしたものに戻す。


「お目覚めですか? ノピア将軍」


目が覚めたばかりで状況を把握はあくできていないノピアは、体を起こそうとするとリンベースがそれを止める。


痛みで苦悶くもんの表情となった彼は、ぶっきら棒に説明を求めた。


アンの暴走や、歯車の街ホイールウェイはどうなったのか?


そしてフルムーンは?


リンベースはおだやかな口調で、なるべくノピアを刺激しないように話を始めた。


イバニーズから通信があり、コンピュータークロエを止めた英雄ルーザ―を見つけたこと――。


その報告を受けたストリング皇帝が、自ら援軍を引き連れて駆け付けたこと――。


フルムーンの首無し死体が見つかったこと――。


皇帝が現れたときには、すでにアンが死にかけていたこと――。


そしてグレイとの交渉で、ルーザーを引き渡す代わりに、中途半端ちゅうとはんぱに機械化した彼女の治療をすることになったと伝える。


「交渉だと!? 皇帝閣下はその条件を飲んだのか!?」


納得がいかないのか、ノピアは怒鳴るように声をあげた。


そのせいでまた傷が痛みだし、激しく顔をゆがませる。


「無理をなさらないでください。あなたは酷いケガをっているのですよ」


心配そうに声をかけるリンベース。


だが、ノピアは簡易ベットから立ち上がって、辺りを見渡し始める。


ここがトレモロ·ビグズビー内であることは理解した様子だった。


「イバはどうした?」


包帯だらけの体でたずねるノピア。


訊かれたリンベースは目をそらした。


その顔には悲しみの色が見て取れる。


「答えろ、リンベース近衛兵長。イバはどこにいるのかと訊いている?」


「それは……」


彼女は言葉をまらせながら答えた。


イバニーズは、全身に浴びた電撃のせいで顔、腹部の表面すべてが焼けげてしまい、帝国兵が駆けつけたときにはすでに絶命していたと。


そのあまりの酷いあり様に、イバニーズと確認するのに時間がかかったことも――。


「イバが……死んだのか?」


ノピアは両手を頭にやり、オールバックの髪型をくしゃくしゃしながらうつむき始めた。


何度も頭をきむしった後に、その傷ついた体でトレモロ·ビグズビー内の壁に拳を打ち付ける。


リンベースはすぐにノピアを止めた。


彼の背中から、抱きしめるように自分の手を伸ばす。


そして、その傷ついた体を掴みながら涙を流し始めた。


「イバニーズ……彼のことは残念です。けれど、あなたが生きていてくれてよかった……」


「黙れッ!!! あいつは……あいつは俺をかばって……クソッ!!! 大根役者のくせに……」


リンベースの暖かい抱擁ほうようと、短い髪から香る匂いに包まれたノピアは、いつの間にか壁を殴るのを止めていた。


ノピアは、背中に流れていくしずくを感じながら、あふれ出そうな涙を必死でこらえる。


「奴のせいだ……奴がいなければ……。うおぉぉぉ!! アン·テネシーグレッチィィィッ!!!」


傷ついた獣が雄たけびをあげるかのように、ノピアは人目も気にせずに咆哮ほうこうをした。

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