110章

ノピアとイバニーズがルーザーたちと会い、労働者や帝国兵を指揮して反撃を始めた頃――。


工場から出たアン、クリア、グレイの3人は、街の中にウジャウジャといる合成種キメラに驚きながらもフルムーンを捜していた。


「あの女ッ!! やはりルーザーの言った通り、意思を持った合成種キメラだったなッ!!! 合成種キメラは私が根絶やしにしてやるぅぅぅッ!!!」


襲い掛かって来る合成種キメラに応戦しながらアンは、みなぎる覇気をおさえられない様子で、ピックアップ·ブレードのやいばを斬りつけていく。


それは、感情的にでもならない限りいつも表情がとぼしい彼女にしてはめずしいことだった。


「まあ、アンったら。あんなに楽しそうに」


クリアは、勢いあまって飛び出していくアンの後を追いかけながら微笑んでいた。


そして、横に走っているグレイの傍へと並ぶ。


「あなたに会えたおかげですかね。それとも私が知らないだけで、あちらがいつもの彼女でしょうか? ミスター·グレイ」


クリアは声をかけながら、小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティール2本の刀を振った。


飛んでいく光の斬撃が、むらがってくる合成種キメラの体を切り裂く。


「グレイでいいよ、クリア。アンは元は明るいだからね。でも、不器用だからああいうやり方でしか自分を表現できないんだよ」


グレイも走りながら、手に持った大昔の散弾銃パンコア·ジャックハンマーで、的確に合成種キメラ眉間みけんを撃ち抜いていった。


正直、歯車の街ホイールウェイにいた労働者と帝国兵がようやく正気に戻ったというところに、街に合成種キメラの大軍が現れ、状況的にはまだ良くなっていない。


だが、アンはき上がる喜びを隠せないでいた。


言葉に出しているわけではないが、その笑顔を見ればわかる。


彼女は、ずっと捜していたグレイとやっと会うことができたのだから。


ブレードを使って、向かってくる合成種キメラを振り払い、機械の右腕で電撃をはなちながら笑みを浮かべているアン。


彼女の中では“今の自分にはできないことなんかない”という思いであふれているはずだ。


「ずいぶんゴキゲンじゃない?」


ただよう蒸気の中から色っぽい女の声が聞こえる。


毛皮コートを羽織ったドレス姿の美女――フルムーン。


腰まで届くロングヘアをなびかせ、不機嫌そうにアンたちの前に現れた。


「ああ、おかげ様でな」


アンは周囲にいた合成種キメラを電撃で一掃すると、フルムーンに笑顔を返した。


クリアもアンと並んで、2本の刀をかまえる。


アンとは違い、怒気を含んだ表情だ。


だが、そんな2人を抑えてグレイが前に出た。


「やりすぎだよ、フルムーン。歯車の街ホイールウェイは破壊すべきじゃない」


アンは、フルムーンへ親し気に声をかけるグレイを見て驚愕きょうがくしていた。


だが、クリアは違った。


彼女は、以前に2人が一緒に歩いているところを見たことがあるからだ。


「今さらですが、グレイ。あなたとフルムーンはどういう関係なのでしょう?」


クリアが落ち着いた様子でたずねると、グレイは答えづらそうにしている。


アンは、そんな彼をジ~っとにらみつけていた。


クリアはそんな2人を見て、まるで浮気でめている夫婦を見ているかのようだと思った。


「あなたはアンの大事な人……。ですが、もしフルムーンに協力してこの街を操ろうとしていたのなら――」


そう言ったクリアは、グレイに刀を向ける。


アンが慌てて間に入ろうとすると――。


「うるせぇんだよ人間クズがッ!!! もうどうでもいいんだ、そんなことはッ!!!」


フルムーンが大声で叫んだ。


「グレイ、その機械娘をかばったり、歯車の街ホイールウェイであんたが何をしたいかは知らないし、たとえそれがママのためであっても、あたしのやることに口を出してんじゃねぇッ!!!」


フルムーンの言葉を聞いたアンが思う。


……“ママ”だってッ!?


たしかストーンコールドも誰かのことを“ママ”って呼んでいたな。


グレイは、“ママ”という奴のことを知っているのか?


「機械娘もそこのクリアも歯車の街ホイールウェイつぶすッ!!! 人間クズのくせにあたしの思い通りにならなかった罰を受けさせてやるんだぁぁぁッ!!!」


周囲に漂う蒸気――いや、フルムーンの身体から出ている粉がアンたちにまとわりついてきた。


肌にヒリヒリするような痛みを感じた直後、その異変に気がつく。


フルムーンから放出された粉がくさりのように手足をしばって、アンたち3人の体の自由を奪ったのだ。


「さあ、動かない体に残された瞳で、恐怖におびえる感情を見せろッ!!!」

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