111章

動けなくなったアンたちを見たフルムーンは、両手を突き出した。


彼女の血のような赤い爪が伸びて、アンとクリアにゆっくりと向かって行く。


フルムーンは、身動きができずに苦悶くもんの表情をする2人を見て、満足そうに微笑んでいた。


「このままゆっくり、ゆっくりと全身を串刺しにしてあげるわ」


……まずいな。


このままじゃアンが殺される。


グレイはそう思うと全身に力を込めた。


しかし、からみついて固まった粉が動くことを許そうとはしない。


顔をしかめるグレイの脳裏を横切ったのは、ラスグリーンとの初遭遇そうぐうのとき――。


彼をかばって川へと吹き飛ばされたアンの姿だった。


……あのときのようなことは、もうあってはならない。


「フルムーンッ!! 取引をしないか?」


伸びた赤い爪が、2人に突き刺さる前に止まった。


フルムーンはグレイのほうを見ると、話を続けるように言う。


グレイはこの街――歯車の街ホイールウェイに来た理由である、ある“モノ”についての話を始めた。


2人の会話に“モノ”の説明が全くなかったが、おそらくフルムーンはその“モノ”について知っているのだろう。


そして、グレイはそれをフルムーンにゆずると言う。


「はぁ? でもそれってあのラスグリーンとかいう奴に燃やされちゃったんでしょ?」


話にならないといった顔であきれているフルムーン。


だが、グレイは食い下がった。


歯車の街ホイールウェイの労働者たちに協力してもらえば、また作り直せると主張する。


「それに腕のイイ鍛冶屋がこの街に来ているはずだ。彼がいれば予定よりも早く完成できると思う」


「誰よそれ? この街へ来たのはそこにいる機械娘御一行ごいっこう様だけでしょ?」


「君はもう出会っているんじゃないか? 会っているならわかるはずだ。そう……君ならね」


グレイの言葉を聞いたフルムーンは、何かにピンッときたのか、ゆっくりと大きくうなづきながら、爪を戻した右手を自分のあごにやった。


アンとクリアは、さっきから何の話をしているかわからなかったが、なんとか手足の自由を奪った粉をふりほどこうとしている。


「そっか、あの子ね。へえ~鍛冶屋だったんだ。でも、めずらしわね。生産の道に行くってさ。あたしたちって“基本的に奪う側に作られたはずなのに”」


「持っている資質とは別に、環境や出会いも大事ってことさ。しかもそれを数年続けていれば、ハリボテも立派な中身で埋まる」


グレイがフルムーンと話してい間に、なんとか拘束こうそくこうともがくアンとクリア。


だが、力を込めようが、機械の右腕で電撃をはなとうが、手足に絡みついた粉に何の効果もなかった。


アンは必死になっていた。


あのとき――。


雪の大陸でストーンコールドを圧倒したマシーナリーウイルスの力――。


それをなんとか引き出そうとしていた。


アンはそのときのことを思い出し、同じ手順をこころみた。


「マシーナリーウイルスは、感情の高ぶりに反応する。特に痛みや憎しみなどがスイッチになるんだ」


ノピアの言葉――。


「未知なる力を持った者に必要なものは想像力イメージだ。それは、見て覚えるのでも聞いてすのでもいい。考え抜いて、想像したことをやり尽くして、それでもダメなら大事な人のことを思うといい」


そしてルーザーの言葉――。


そのときのことを思い出しながら、今アンは頭の中で2人の言葉をめぐらせた。


憎しみと大事な人を思う気持ちという矛盾むじゅんした思考――。


それが、その後に彼女の機械の右腕と感情が呼応こおうして、次第にその形状けいじょうを変えていった。


白い鎧甲冑よろいかっちゅうのようだった右腕が、黒く変色し、禍々まがまがしいフォルムに変わり、恐ろしいほどの力を発揮した。


だが、再現をしようとしても、あのときのようにはいかなかった。


「クソッ!? なんでだよ!? どうして肝心かんじんなときに出せないんだ!?」


歯を食いしばりながら独り言を続けているアンを見たクリア。


そして、彼女は少し微笑むと、りんとした表情になる。


「お願い、リトルたち……」


クリアのつぶやくような声――。


それに反応したのか、地面に落ちた2本の刀があやしく光り、元の2匹の犬の姿へと戻っていった。

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