97章

ラスグリーン、ノピアたちとの戦闘後――。


アンたちはクリアの家に集まっていた。


ルーザーは、クリアと共にアンたちよりも先に家に着いていて、もう酔いも冷めていそうだ。


特にからかうつもりはないのだろうが、アンとロミーは「さすが元英雄」と言って、彼を辟易へきえきさせる。


それからクリアが食事を出そうとしたが、こんなときに誰も何か食べようとは思えなかったので断った。


「では、お茶はいかがでしょうか? きっと落ち着きますよ」


クリアは、まるで何事もなかったのように、また可愛らしい子犬のイラストが入ったカップに緑茶を入れて、皆に出し始めた。


そんな彼女を見たアンは、ラスグリーンやノピアとの関係やこれまでのことを話す。


仲間であるマナとラスグリーンとのこと――。


反帝国組織バイオ·ナンバーのシックスや、ストリング帝国の将軍であったキャスのこと――。


そして、ノピアとの死闘や、雪の大陸――ガーベラドームで意思のある合成種キメラストーンコールドとの戦いや、ロミー、クロム、ルドベキア、ルーザーとの出会いのことも――。


だが、それを聞いてもクリアはあまり関心がなさそうだった。


落ち着いた様子で、自分で入れた緑茶を上品に飲んでいる。


話し終えたアンは、クリアも自分のことも話してほしいと頼んだが――。


「申し訳ございませんが、あなたたちとは出会ったばかりです。そんな相手に自分のことを事細かく話そうとは思えません」


礼儀正しく、失礼のないような態度で言うクリア。


それでもアンは、突き放されたような気がしてうつむいてしまった。


場が静まり返り、外から歯車が回る音が聞こえる。


「さっき酔いつぶれているときに聞いたんだが――」


ルーザーが顔にかかった長い前髪を払いながら話を切り出した。


「この歯車の街ホイールウェイには、夜な夜な切り裂き魔が出るそうだな」


それから、ルーザーは酒場で聞いた話を続ける。


その切り裂き魔は、鐘のを鳴らして現れ、出会った者を斬り捨てる。


酒場にいる者たちが言うには、伴侶はんりょを亡くした幽霊ゆうれい仕業しわざとのことだそうだ。


「それって、クリアのことだよね……?」


クロムが、探るような言い方で声を出した。


鐘の音――。


クリアの髪にさったかんざしには、鐘が付いていた。


クロムはそれを見て言ったのだろう。


それから彼とアン、ロミーがクリアのほうを一斉いっせいに見る。


「ええ、今クロムがおっしゃったように切り裂き魔の正体は私です」


彼女は特に動揺どうようもなく、皆の視線しせんに返事をした。


アンが「じゃあ、クリアは幽霊なのか?」と言うと、クロムがふるえながらロミーに抱きつく。


そして、同じようにニコもルーにしがみついた。


そんな様子を見たクリアは、クスッと上品に笑う。


「幽霊ではありませんよ。でも……似たようなものかもしれません」


笑みを浮かべてはいるものの、その表情は心から笑ってはいないものだとわかる顔だった。


アンが最初に彼女を見て感じた、はかなげな雰囲気が今まさにはなたれている。


立ち上がったアンは、クリアの傍へ。


そして目の前で腰を下ろすと、彼女の目を見つめた。


「よかったら、話してくれないか。何か力になれるかもしれない」


見つめられたクリアは、ゆっくりと立ち上がって、アンたちに背を向ける。


「……古い話になりますが」


そして、窓から蒸気がただよう外を見ながら話を始めた。

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