88章

石畳の道を歩ている一行いっこうがいた。


1人は外套がいとうを羽織った無愛想な少女――アン·テネシーグレッチ。


被っていたフードを脱いで、ナチュラルブラウンのボブヘアーを手で直す。


石畳の道がめずらしいのか、アンは地面へ目を向けた。


それは無理もないことだった――。


コンピューター·クロエの暴走のより、合成種キメラと呼ばれる異形いぎょうの化け物が現れ、文明社会が崩壊ほうかいした。


その後、何者かがクロエを止めることに成功したが、世界は膨大ぼうだいな数の合成種キメラ荒廃こうはいした大地におおいつくされる。


そんな中、わずかに生き残った人々は国を作った。


その国々の中で、唯一高度な科学力を誇るストリング帝国。


アンはその国で生まれた。


だから自分の国以外のことは、すべてが目新しい。


彼女は、この街へ人を捜しにやって来た。


そう――。


育ての親であるシープ·グレイという男を捜しに――。


周辺にある建物は赤レンガで造られたものだ。


だが、建物は工場なのだろう、油や蒸気ですっかり黒ずんでいる。


街の中は、煙突えんとつから出る煙で周囲が見にくく、ギシギシと鳴る歯車の動く音がひびく。


アンたちは足をみ入れてか知ったのだが、この街の名は歯車の街――ホイールウェイ。


金属の部品や乗り物などを造る工業街だった。


「何事もなく通れてよかったな」


横に並んで歩いている前髪の長い白髪の老人――ルーザー。


彼が、包帯が巻いてある手で頭をきながら言った。


コンピューター·クロエの暴走を止めた人物は彼である。


彼の名を聞けば、多くの人間が世界を救った英雄とたたえるだろう。


だが、この老人は記憶が酷く曖昧で、今まで自分がしてきたことをあまり覚えていなかった。


「ああ、寸前に気がついてよかった」


アンたちはこの街に入ろうとしたとき――。


街の出入り口には、ストリング帝国の検問があった。


アンの格好は、白いフード付きのシャツにストリング帝国の軍服を上から着ている。


それに彼女は、帝国から脱走したお尋ね者だったため、あわてて外套を羽織って変装したのだった。


無事に検問を通過してからしばらくして――。


アンとルーザーの後ろにいた黒装束の少女が不機嫌そうにしている。


「そんな服、早く捨てればいい」


片方の義眼を赤く光らせて言う黒装束の少女――名はロミー。


「たしかに、その格好だとすぐにアンだってバレちゃうよね」


ロミーの隣にいた銀白髪の少年――クロム·グラッドストーンが両眉を下げながら彼女に続いた。


その背には、身の丈に合わない大きなハンマ―が背負われており、彼が歩くたびにれる。


その揺れに共に彼の銀白髪のポニーテールも動いていた。


アンは振り向いて、2人をにらみつける。


「この軍服は同じ部隊だった仲間との思い出が残っているんだ。だから……絶対に捨てないぞ」


彼女の言葉に、ロミーは「ふん」とソッポを向いた。


ロミーはシュリンプスタイルに束ねた髪を手で払いながら、さらに不機嫌そうになる。


その横でクロムは、苦笑いをしながら頭を下げた。


そんな4人の後ろから、全身を外套でまとい、顔が隠れるくらいすっぽりとフードを被った人物がモゾモゾと立ち止まる。


「いつまでもそれじゃ苦しいよな。もういいよ、ニコ、ルー」


アンの呼びかけられ、その外套の中からゆたかな毛でおおわれた子羊が2匹出てきた。


電気仕掛け子羊――ニコとルー。


ニコが白い毛をやしているほうで、ルーは黒い毛のほうだ。


外套から解放されたせいか、2匹とも嬉しそうに鳴いている。


「さて、これからどうすればいいのか……」


アンがそう言うと、ルーザーが提案ていあんした。


まずは宿を取ろう。


そして、情報収集のために聞き込みから始めればいいのではないか、と――。


アンたちはルーザーの案を受け入れ、一先ひとまず泊まれる宿を探すことに――。


それからすぐに、簡易宿泊所シンプル·アコモデーションと書いてあった看板を見つけて、宿泊の手続きをする。


「部屋の割り当ては、アンとロミー、ニコ。私とクロム、ルーでいいな?」


ルーザーがそう言うと、ロミーが「うげッ」露骨ろこつに嫌な顔になった。


それを見逃さなかったアンは、彼女に食って掛かる。


「なんだその顔は。一応女同士で分けたんだぞ。文句を言うな」


「文句は言っていない。アンキノコ頭がケチをつけてきただけ」


ロミーの言葉にアンは身をふるわせて返す。


「お前、その呼び方をやめろ。それとその偉そうな喋り方もだ。私のほうがお姉さんなんだぞ」


「あたしよりも偉そうに喋る奴に言われたくない」


アンとロミーが互いに睨み合うと、それからみ合いが始まった。


クロムが慌てて止めに入り、ルーザーは何もせずに「はぁ~」と大きなため息をついている。


ニコはオロオロとしているが、ルーは楽しそうに両手をあげて揉める2人をあおっていた。


「やれやれ、またいつものやつか……」


ルーザーがそうつぶやくと、宿屋の主人が「喧嘩けんかなら外でやってくれ」と言い、アンとロミーは渋々掴み合っていた手を止める。


それから今夜に泊まる部屋に向かうため、先ほど話していた部屋割りに別れる。


「2人とも、もうケンカしちゃダメだよ」


別れぎわにアンとロミーの背中に向かって、クロムが言ったが、2人は何も言わずに自分たちの泊まる部屋へと入って行った。


そして、ドンッ!!! と重たいもので叩きつけたような音が鳴って扉は閉じられる。


「大丈夫かな……」


心配そうにしているクロム。


ルーザーはそんな彼に、今夜は眠るだけだから問題ないだろうと声をかけた。


「さてと、明日は聞き込みだ。私たちも早く休もう」


クロムはうなづくと、ルーを抱いて自分たちの部屋へと入って行った。


――アンとロミーの部屋では。


不機嫌そうな2人の間で、ニコが気まずそうにしている。


だが、その後は特に何も起こらず、2人とも着替えてからベットに入った。


それを見たニコは、アンのベットに入り込んで安心して眠りにつく。


……グレイ。


この街にいるんだよな。


すぐに見つけてやるぞ……。


――アン。


……ストーンコールドの話では、世界中に兄弟がいると言っていた。


だったら、この街にもいるかもしれない。


待っていろ、見つけだして1匹残らず殺す。


合成種キメラはあたしが必ず根絶ねだややしにするんだ。


――ロミー。


それぞれの思いを胸に、2人はぐっすりと眠った。

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