87章

我を失った人たちが、ただよう蒸気の中から襲い掛かってきます。


全員、目は正気を失い、恍惚こうこつの表情を浮かべていました。


その姿は、ドラックや荒れる感情の果てに思考しこうを失ったというよりは、まるで糸で操られた人形マリオネットのようでした。


労働者が鉄パイプを握り、私の頭上を狙って振り落とし、帝国兵は白く輝くやいばはなつ光の剣で斬りかかってくるのです。


彼らは操られていました。


自分の意思をくだかれ、完全に魅了みりょうされていたのです。


それは、ある女が不思議な力を使って、この工業街ホイールウェイに居るすべての人間を洗脳せんのうしたからに他ありません。


もうこの街には、まともな人間は数えるくらいしか残ってはいないのです。


私は、たとえ独りだろうと彼らを止めねばなりません。


自分の罪をつぐなうため……いや、私たち・・・・が愛したこの歯車の街ホイールウェイを守るために――。


鉄パイプをけても、すぐに次の攻撃が飛んできました。


それを左右に握った2本の刀で振り払りましたが、死角から光の刃を突かれてしまいます。


すぐに反撃し、相手をなぎ倒しましたが、刃が肩をかすめました。


避けても払っても、何人の相手の動きを止めても、それは砂漠さばくに水をくようなものでした。


運良く傷は浅かったです。


ですが、このままでは……。


石畳の道に片膝かたひざをつき、囲まれた私は死を覚悟しました。


殺されるだろうと思いましたが、不思議と後悔はないです。


おそらくですが、私は死にたかったんだと思います。


だから、街のためを思っていた自分にとって、この死に場所こそが相応ふさわしい……。


そう――うつむきながら思いました。


ああ、ブレイブ……もうすぐあなたに会える……。


そして、ごめんなさい、子供たち……母親として何もしてやれなくて……。


――そのときでした。


囲まれていた私の目の前に、深い青色の軍服を着た少女が現れたのです。


そして機械の右腕から電撃をはなち、正気を失った人間たちを一掃いっそうしました。


私はたずねました。


どうして助けに来たのかを――。


その機械の右腕を持った少女は、無愛想に言葉を返してきます。


「大事……仲間は大事」


ポツリとつぶやいた少女は、1人で狂気の渦へと飛び込んでいきます。


私には、その行動が理解ができませんでした。


何故なら、彼女と私はまだ出会ってから日が浅いのです。


それなのにどうして、彼女は私などのために命をけるのでしょうか。


理解できず、涙があふれてきます。


ですが……まだ頭の中が混乱していても、たとえ情けない泣き顔をさらそうとも――。


身をていして守ってくれた彼女の気持ちにむくいらねばなりません。


私は立ち上がって、自分をふるい立たせました。


「お願い、リトルたち……私に力を」


瞳を閉じて、両手に持った2本の刀に思いを込めます。


それに答えてくれるかように、刀が妖気ようきびていきます。


どうやらすでにあきめていた私も、まだ戦えるようでした。


それは、彼女のおかげとしか言いようがありません。


そのとき――。


地面に落ちていた割れたガラスの破片はへんに気がつきました。


そこに映る私の顔は、おだやかな笑みを浮かべています。


こんな状況で何故私は笑っているのでしょうか。


不謹慎極ふきんしんきわまりないにもほどがあります。


ですが……私は嬉しかったのです。


彼女が来てくれたことが……。


「私はクリア·ベルサウンド……。亡き夫ブレイブ·ベルサウンドのたましいのやすらぎのため、そして友であるアン·テネシーグレッチの思いにこたえるために……参りますッ!」

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