番外編 母親のいない家

ロミーとクロム、そしてルーがアンたち出会う3年前――。


クロムはゆっくりと目を覚ました。


いつもの寝床ねどこ


お手製のベットから身を起こして、しっかりと動くかを確かめるように四肢しし伸ばし、服に着替える。


彼のミルクのような肌には、全身のいたるところに傷跡が残っていた。


それはつい最近できた真新しいものだ。


クロムの朝は早い。


彼は夜明け前、この雪の大陸に生息する動物が動き出すよりも早く起き出すからだ。


起きたクロムは窓を開けて、外を見る。


「おはようロミー、ルー」


雪が降る中、義眼ぎがんの少女――ロミーと電気仕掛けの子羊――ルーがいた。


起きた後、この鍛冶屋の周りに仕掛けたわなを確認するのが、彼女の欠かすことのない日課だ。


ルーは、それに毎朝付き合っている。


ロミーとルーは無愛想にうなづくと、小屋の中へと戻ってきた。


それを見たクロムは、慌てて食事の支度したくをしに向かう。


「今日はどうだった?」


その後、テーブルに付いたロミーとルーに、パンとチーズ、それから暖かい野菜スープを出した。


黙々もくもくと食べながら、ロミーは何の異常もなかったと伝える。


それからクロムが笑顔を振りまきながら、他愛たわいもない話を続けた。


だが、彼女は無愛想に返すだけだった。


いつものことだ。


ルーは、そんな2人を見て寂しそうにしていた。


食事を済ませると、クロムは打った武具を売りに出すために、ガーベラドームへ行くと言う。


母親代わりのプラムがストーンコールドに殺された後――。


この家は、クロムの鍛冶屋職人の技術で食いつないでいた。


「あたしも行く」


いつもはクロムが作った剣――カトラスの素振りをするロミーだったが、今日はめずらしくドームまで行くと言った。


クロムがたくさんの武具がまった荷車を引き、その後ろからロミーとルーが押して手伝う。


「大丈夫だよ、2人とも。ボクはこう見えても力持ちなんだから」


自分で言うだけあって、クロムの腕力は並みの成人男性以上はあった。


まだ10歳くらいだというのにおかしな話だが、毎日重たいハンマーで鉄を打ち続け、武具の詰まった荷車を運んでいる内に鍛えられたものなのか。


思えば、彼の育ての母であり師であったプラムも、女性とは思えないほどの怪力の持ち主であった。


そういう意味では、クロムは彼女の技術だけではなく、その腕力も引き継いでいるのかもしれない。


それからガーベラドーム内へ入った2人と1匹――。


「じゃあ、ボクは荷物を渡してくるから。待ち合わせ場所は入り口でね」


クロムはそう言うと、鼻歌を口ずさみながらゴキゲンな様子で荷車を引いていった。


それからロミーも、スタスタと目的の場所へと向かい始める。


ルーがその後ろを追う。


ルーには彼女がどこへ行くかわからなかった。


彼女は、一体何のためにドームへ来たのか?


しばらく歩くとロミーが急に立ち止まった。


周りをキョロキョロしていたルーは、彼女の背中にゴンッとぶつかってしまう。


ルーがロミーに文句を言おうとすると――。


「……ここだ」


彼女はつぶやくように言った。


そこは剣や銃が売っている露店だった。


ロミーは迷わず、店主の元へ向かって行く。


何故、武器屋へ来たのだろう?


剣ならクロムに作ってもらったカトラスがあるじゃないか?


ルーはそう思いながら首をかしげ、彼女の後について行った。


「なんだいお嬢ちゃん? ここは子供の来るところじゃないぞ」


ロミーの姿を見た店主が、怪訝けげんな顔をした。


冷やかしか、そんな言葉が表情から読み取れる。


「あたしでも使える武器をくれ」


「はぁ?」


ロミーの言葉を聞いた店主は、先ほどよりも顔を歪めた。


それから、ここには子供用の武器などないと伝える。


「ゴールドならある」


ロミーはそう言うと、店主の前にドサッとゴールドの入った袋を投げた。


それはプラムが残した貯金――自分たちの生活費だった。


ゴールドが本物であることを確認した店主は、手の平を返して、彼女に武器をすすめ始める。


10歳のロミーでも使えそうな武器――。


店主は、ナイフや反動の小さいハンドガンなどを出してきたが――。


「いや、剣はいらない。それとこんなものじゃなくてもっと威力があるものはないのか」


子供のくせに偉そうにだな、と内心で思いながらも店主は、短機関銃――サブマシンガンをいくつか持ってきた。


ストリング帝国では電磁波を放つ銃を使っている。


それと比べると古臭いものばかりだったが、ロミーは迷わずに目についたものを掴んだ。


CZ Vz61――別名スコーピオン。


もう数千年以上昔に使われていた最小クラスの短機関銃。


棒状の銃床を前に倒して銃身にかぶせるようにたたむ姿が、尾を持ち上げたさそりを思わせることからスコーピオンと付けられたサブマシンガンだ。


「これでいい。これをくれ」


店主が他のものも説明しようとしたが、彼女の中ではもうこの銃に決まっていた。


どうも持った感触がしっくりきたらしい。


それから、残ったゴールドで弾丸――マガジンを買えるだけ買い、何も言わずに店から出るロミー。


「待ちなお嬢ちゃん。これはサービスだ」


そう言って渡されたのは、ハンドグレネードだった。


店主は、簡単な使い方を説明すると、彼女に訊いた。


これから戦争でもするのかい? と。


ロミーは背を向けたまま、顔だけ振り向く。


「……狩りだ」


「狩りだって? 一体何を狩るんだよ? 白鹿ホワイト・レインディアを仕留めるにしては、その銃は大袈裟だぜ」


「違う……狩るのは合成種キメラだ」


「えッ!?」


店主はロミーの発言に驚いていたが、彼女はそのままクロムとの待ち合わせ場所へと向かっていった。


「いや、ごめんごめん。待たせちゃったね」


「いや……」


無愛想に返すロミー。


待たされたことは気にしていなようだが、その態度を見ると「怒っているように見えるなぁ」とクロムは思った。


サブマシンガンを持っているロミーに、ルーが自分にも持たせてほしいと強請ねだっている。


クロムは、そのサブマシンガンについて特に何も訊かなかった。


きっと小屋に、合成種キメラや動物が来たとき――追い払うために使うのだろうと思ったからだ。


それから2人と1匹は、自分たちの家である鍛冶屋に戻ると――。


「あれ? 帰ってきたのに、また出かけるの?」


ロミーは無愛想に頷くと、言葉を続けた。


「狩りへ行ってくる」


それからロミーは、次の日になっても帰って来なかった。


……ロミー。


どこへ行ったんだよ。


もしかしてストーンコールドあいつを捜しに行ったんじゃ……。


だったらボクも行かなきゃ……って、もしロミーがここへ戻ってきたらどうするんだ?


待たなきゃ……。


ここはボクたちの家なんだから……。


クロムは、小屋でルーを抱きながら涙を流して祈った。


天国にきっといるプラムにお願いしていた。


それから数日後に、ロミーはある男に抱えられて帰ってきた。


気を失っているのだろう、ロミーは男の腕の中でグッタリとしている。


クロムとルーは慌てて駆け寄った。


「え~と、君がクロムかい?」


その男は、緑のジャケットに黒いパンツを穿いて、首にはゴーグル、手には革のフィンガーグローブを付けていた。


身長は180cmはあるだろうか。


まだ幼さが残っている眉目秀麗びもくしゅうれいな顔。


やたらと手足が長い。


年齢もそこまで離れていないかなと、クロムは思った。


「実は偶然このと会ってね」


緑のジャケットを着た男は、それから何故ロミーを抱えているかを説明した。


まず自分は旅人であると言う。


たまたまこの雪の大陸に来ていた男は、合成種キメラが住み着いている建物を発見したので、退治してやると乗り込んでいった。


その建物内では、多数の合成種キメラを相手に少女が1人で戦っていた。


瞳からは知性の欠片かけらも感じさせない化け物へ、剣を重たそうに抱えて斬りかかる。


側には、彼女のものであろうサブマシンガンが落ちていた。


おそらく攻撃されたときに落としてしまったのだろう。


追い詰められたロミーは、ハンドグレネードを出して合成種キメラたちへ投げつける。


だが、建物内はせまい。


このままでは少女も一緒に爆破してしまうと思った男は、彼女の元へ飛び出していった。


そして、建物内でハンドグレネードが爆発。


傷だらけのロミーが、そのとき見たものは――。


男の体から放たれている黒と緑の炎だった。


炎の壁が彼女をハンドグレネードの爆発から守ったのだ。


「……緑……いや、黒い炎……?」


途切れそうな意識の中でロミーは、男の姿に見惚みとれていた。


彼はその放った黒と緑の炎を、まるで自分の手足のように操って、残った合成種キメラたちを焼き尽くしていく。


その姿はロミーの理想だった。


男は、力むでもなく、感情的になるわけでもなく、淡々と化け物どもを灰に変えていく。


そのときに彼女の残った片目には、彼の姿が焼きつけられた。


建物内の合成種キメラを一掃した男は、その後にロミーにたずねる。


「帰る場所はあるかい?」


抱きかかえられたロミーは今にも消え去りそうな声で、クロムとルーがいるこの鍛冶屋のことを話した。


「そっか、なら帰ろう。君を待っている人がいるんだからね」


そう言った男は、ロミーの傷ついた身体にそっと触れる。


両目を閉じた彼は、何かをいつくしむような表情をすると、緑の炎が優しくロミーを包んだ。


すると、彼女の傷がすさがっていく。


炎に包まれながらロミーは思う。


……暖かい……なんて暖かいんだ。


それから安心したのか、彼女は男の腕の中で眠ってしまった。


「と、まあこんな感じ」


ニコニコとまるで好きなものの話でもするかのように説明した男へ、クロムが泣きながら礼を言べた。


ルーも彼にすがりつきながら、大きく鳴いている。


そんなルーの頭をでながら男が言う。


「でも、あの……また同じことをするんじゃないかな?」


顔は笑っているが、その表情には悲しみの影が見えた。


クロムが「どうすればいい?」と相談すると、彼は合成種キメラとの戦い方を教えると答えた。


「その代わりに、しばらくここに泊めてね。さすがに雪の中で寝たら死んじゃうからさ」


「うん、ご飯も出すよ!! これからよろしくお願いします!!!」


それから数か月――。


緑のジャケットを着た男によって、ロミーとクロムは鍛えられた。


「ロミー、君がキメラあいつらに勝っているところは俊敏性しゅんびんせいだけだから、そこを活かすんだ。スピードでかき回してやれ」


――ロミーに対して。


「クロムは力持ちだから、それを活かした戦いかたがいいよ。その大きなハンマーを振ればキメラあいつらなんか卵みたいに潰せる」


――クロムに対して――。


「ルーはできるだけでいいからサポート。敵と距離をとってロミーにマガジンを渡したり、味方が安全な位置にいることを確認してからハンドグレネードを投げつけたりとか」


――そしてルーに対しても――。


その後にロミーたちは、何度か男と共に、合成種キメラの巣を探しては全滅させていった。


ある日――。


いつものようにクロムが起きると、枕元に手紙が置いてあった。


「ねえ、これ見てよ!! あの人が何も言わずに行っちゃったよッ!!!」


それを見た彼は、窓を開けて、罠を確認しているロミーとルーに叫ぶように声をかけた。


だが、ロミーとルーはただ黙って頷くだけだった。


手紙にはこう書いてあった。


――ロミー、クロム、ルー。みんな幸せにね。


クロムは、彼が黙って出て行ったことに怒りを覚えた。


だが、それ以上に悲しくて、寂しくて涙が止まらなかった。


それから3年後――。


いつものようにテーブルに付いたロミーとルーに、パンとチーズ、それから暖かい野菜スープを出すクロム。


黙々もくもくと食べながら、彼女は外に仕掛けた罠には、何の異常もなかったと伝える。


それからクロムが笑顔を振りまきながら、他愛たわいもない話を始めた。


「また合成種キメラを探しに行くの? あまり無理しちゃダメだよ」


「わかった」


「それから酷い傷を受けたのに戦うのもね。じゃないと死んじゃうよ」


「わかった」


「まったく、ロミーがいなくなったらボクとルーがどれだけ悲しむかをちゃんと理解してよね」


「わかった」


「もうっ!! さっきからわかったしか言ってないじゃないか!!!」


それは、いつもの朝だった。


だが、少しだけ――。


ほんのちょっぴりだけだが変化があった。


ルーはその変化に気が付いているのか、2人を見て嬉しそうに鳴いた。

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