89章

――次の日の朝。


ベットから体を起こしたクロムが、ルーを起こす。


「あッ! おはようルーザー。早いね」


ルーザーはすでに起きていて、難しい顔をしながら包帯の巻いてある腕を動かしていた。


クロムは、寝間着ねまきからいつも着ている大きめのチュニックに着替え、その帯をめる。


「腕は大丈夫そう?」


手をスッポリと隠してしまっている余ったそでを振りながら、クロムは心配そうな表情でルーザーにたずねた。


前髪の長い老人は首を横に振って「ダメだな」とポツリと返すと、クロムが続けて訊く。


「ねえ、どうして自分のケガは治さないの? 簡単でしょ。ふぁ~って手をかざせば一瞬じゃん」


ルーザーには不思議な力があった。


この前髪の長い老人がてのひらを翳すと光輝き、触れた者の傷を治すことができる。


他にも、その光で相手を吹き飛ばすことも可能だ。


「……わからない。だが、昔にそんな約束をしたような気がする……」


悲しそうな笑みを浮かべて言うルーザー。


それを見たクロムも同じようにシュンっとしてしまった。


今クロムがした質問は、ここにいないアンとロミー、それに他の者たちにも訊かれていたことだった。


全員が全員、そんな曖昧あいまいな理由なら治してしまえばいい、と言ったが、ルーザーはただ苦笑いするだけだった。


そんな彼の包帯が巻いてある腕をルーが叩く。


突然手を叩かれ、驚いているルーザーにクロムがニッコリと微笑んだ。


「ルーがなんだかよくわからんが、元気出せだって」


その言葉を聞いた老人は、うつむき、長い前髪で顏を隠して笑った。


コンコン。


部屋の扉がノックされ、返事も聞かずに扉が開いた。


アンとロミー、そしてニコだ。


「起きていたか。よし! 早速聞き込みを開始しよう」


アンがそう言うと、ルーザーは先に朝食を取ってからにしようと提案ていあんした。


彼の言葉に、アンは顔をしかめる。


「食べている場合かッ!! この街にはグレイがいるんだぞ!!!」


アンが無愛想な表情から一変して、感情をき出しにして叫ぶと――。


「なら、ひとりで捜せ。腹が減っては戦はできん」


――ロミー。


「ゴメンね。ボクもグレイには早く会いたいけど。お腹減っちゃった」


――クロム。


そして、ルーがアンを見て、からかう様に鳴きながら2人の後を追って部屋から出て行った。


身をふるわし、顔を強張こわばらせるアン。


そして、出て行った2人の背中に、機械の右腕をかざした。


その腕からは稲妻いなづまほとばしり、バチバチと音を鳴らし始める。


「わぁ~!! やめろアンッ!!!」


ルーザーが叫び、ニコが慌ててアンの体に飛びついた。


アンの右腕は電撃をはなてた。


彼女は、生まれた国――ストリング帝国で仲間とともに軍のウイルス実験に使われた。


その細菌の名はマシーナリー·ウイルス――。


ストリング帝国の科学者たちが開発した、人体を侵食する細菌。


このウイルスは、体内で一定の濃度まで上がると成長し、宿主しゅくしゅの身体を機械化する。


機械化した者は、人体を超えた力と速度で動けるようになるが、宿主は自我を失い、ストリング帝国の完全なる機械人形へと変わってしまう。


アンは、その実験で自分の部隊の仲間たちが機械化し、互いに殺し合うことを強要された。


13歳で両親と妹を合成種キメラに殺されたアン(そのときにグレイに助けられ、その後に育てられた)。


それからの3年間――。


現在16歳のアンは、キメラへの復讐をかてに生きていた。


そのせいか、いつも無愛想だった彼女にとって、部隊の仲間は数少ない優しくしてくれた理解者たちだった。


部隊の仲間は、アンにとってグレイとニコと同じように家族も同然。


仲間のおかげで生き残ったアンは、その後にグレイとニコと共に国から逃げ出す。


その後もアンは、いまだに恐怖に怯えていた。


今は大丈夫でも、いつ自分が仲間たちのように機械化するかわからない。


それを考える夜も眠れない日もあった。


だが、それでもアンは、自らの意思で戦うことを続けている。


「……ともかくだ。そんな簡単に力を使うものじゃない」


「だけど……あいつら……」


それからルーザーがアンを説得し、渋々しぶしぶながら朝食をとってから始めることを承諾しょうだくした。


ルーザーにたしなめられ、すっかり意気消沈いきしょうちんしているアンを、ニコが優しくでて、なぐさめている。


「アン、気持ちはわかるよ。だが、待つことも大事だ」


そんな彼女に声をかけるルーザー。


ニコが同意したのか、その傍でコクコクとうなづいている


「大事……待つことも大事……かぁ……」


それを聞いたアンがポツリと呟いた。


その後に宿の外で待っていたロミーたちと合流し、皆で食事ができるところを探す。


だが、どこの店へ行っても労働者たちであふれかえっており、数時間は待たされそうな様子だった。


「わぁ~混み混みだなぁ~」


「これは待つしかないかな」


「えぇ~そんなぁ~」


ルーザーの言葉に、クロムがしぼんでいくように肩を落とした。


余程よほど空腹なのだろう。


「大事……待つことも大事」


アンが得意そうな顔をして呟くと――。


彼女たちの前に、着物姿の女性が現れた。


その物腰はとてもおだやかで、笑みを浮かべながらアンたちを見ている。


「旅のお方。もしよかったらですが。うちで食事を召し上がってはどうでしょうか?」


突然現れ、自宅へ招待すると言った着物姿の女性に対して、ロミーは腰に帯びている剣に手をかけた。


その剣の名はカトラス。


大航海時代、中南米で使われていた農耕用の鉈を改良した刀剣類の一種。


短く小回りが利くため、船上での格闘用武器として重用されたものだ。


体の小さいロミーのために、鍛冶屋であるクロムが造りあげた一品だ。


「バカッ!? やめろロミー!!!」


アンが怒鳴って彼女を止め、苦笑いを着物姿の女性へ向ける。


それを見てルーザーが、「なんだかな……」とあきれていた。


……まったく、この娘2人はよく似ている。


そう思っていると、アンが着物姿の女性に気がつかれないように耳打ちをしてきた。


「ルーザー、この女性ひと合成種キメラかどうかわかるか?」


合成種キメラとは、コンピュータークロエが生み出した人の形をした異形の化け物――。


ただ、プログラミングされた機械のように近くにいる者に襲い掛かる、この世界が崩壊した原因である。


ルーザーによって、コンピュータークロエは止められたが、世界にはまだまだ合成種キメラが生息していた。


「どうだ、彼女は?」


ルーザーには、本人も何故かわかるのか理解していないが、人間と合成種キメラを見分けられる力があった。


アンたちが前にいた雪の大陸で戦った意思のある合成種キメラ――ストーンコールドのこともあり、少し怪しんだのだろう。


「いや、彼女は人間だよ」


「そうか。では――」


確認を終えたアンは、しぶるロミーを言い聞かせて、その着物姿の女性の家へと行くことにした。

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