86章

ストーンコールドとの死闘後――。


アンはルーザーと共に、メンテナンスの終えた蒸気列車に乗って、隣の大陸へと移動していた。


運転はルーザーが片手でやっているが、そんな彼をフォローするため、機関助士としてクロムとルドベキアが傍にいる。


アンは、彼らの邪魔にならないようにすみから外を見ていた。


窓から見える雪景色――。


次第に離れていく雪の大陸を見ながら、彼女は思い出していた――。


「俺は……死ぬのか? まだ生まれたばっかだっていうのに……」


首だけになったストーンコールドには、まだ息があった。


ルドベキアとロミーに見下ろされながら、今にも泣きだしそうな顔をして空に向かってブツブツと独り言をつぶやいている。


ルーザー、そしてアンがニコに支えられながら、その傍へと近寄った。


ルーだけは、ニコの背負っていたリュックを持って、クロムのところへ向かっていく。


「まだ生きてるのか?」


アンがか細い声で言うと、首だけになったストーンコールドの傍へかがんだ。


その首から下の切り口が泡立っている。


再生が始まっているのだ。


アンに気がついたストーンコールドは、泣き出しそうな表情から一変して、うすら笑いを浮かべた。


だが、その顔には苦痛の色が張り付いたままだ。


このおよんで強がっているのかと、アンはそう思った。


「ジジイはそこにいるか?」


笑みを浮かべら言うストーンコールド。


ルーザーは顔が見える位置まで移動し、返事をした。


彼の姿を確認したストーンコールドは――。


「……兄弟たちが動いている。もうすぐ……もうすぐママが戻るんだ……そしたらきっとお前が盗すんだものを奪い返すぞ」


「兄弟? それにママというのは誰のことだ? さっき話しただろう。私は記憶が曖昧あいまいなんだ」


「ああ、もっと力が欲しかったな……。そうすればママに強いところを見せれたのに……。人間カスになんて負けなかったのに……」


ストーンコールドはそう言うと、気を失ったのか、両目を閉じて動かなくなった。


だが、まだ首の切り口は泡立っている。


アンは、何度もママと言っていたこの半人半獣の合成種キメラを見て、酷く悲しい気持ちになった。


母親に強いところを見せたい――。


ただそれだけの理由で生きていたのではないか、と思ったからだった。


「邪魔だ、どけ」


アンとルーザーの前に、カトラスを握ったロミーが入って来た。


そして、その刃をストーンコールドに突きつける。


「あたしの母親はお前たちに殺された……。それも“2人”もだ。そのむくいを受けろ」


無愛想に呟いたロミーは、そのままカトラスの刃をストーンコールドへ刺した。


何度も何度も――文字通り親のかたきった。


だが、そのときの彼女の表情には、感情がないように見える。


「……終わったな」


ルドベキアがロミーの肩に触れて言った。


それから彼女は、全員に下がるように伝える。


そして、持っていたハンドグレネードを、そのズタズタになった首の傍に置いた。


「兄弟……ママ……だと? そんな連中、すべてあたしが根絶ねだやしにしてやる」


爆発後に、ロミーが感情のない顔でそう言った。


アンはそんな彼女の姿を見ながら、不安と心配が入りじった気持ちが、頭の中をめぐっていた。


……憎しみや怒りじゃない。


長い間に続けてきた合成種キメラ狩りが、ロミーを機械のように変えてしまったんだ。


アンは、舞い上がる煙をながめているロミーの背中を見た。


……クロムや私に奴を人間らしくさせることができるのか……。


いや、他人事じゃないな。


もしグレイやニコがいなかったら、私もロミーと同じように……。


この娘は、もう1人の自分の姿だ。


アンはそう思うと胸がめ付けられた。


彼女が蒸気列車の中でそんな思いを抱えていると――。


「おい、無愛想女!! サボってねえで交代しろ!!!」


窓から雪の大陸を見て、物思いにっていたアンに、ルドベキアが怒鳴りつけた。


「ロミーもだよ。早く代わってッ!!! もうお腹ペコペコだよぉ」


クロムも彼に続いた。


どうも食事休憩のために交代したいと言っているようだ。


「私は女だ。こういうことは男の仕事だろ」


アンキノコ頭に同意」


アンがそう返すと、ロミーも続いた。


どうも2人に交代する気はないようだ。


「てめぇら、都合のいいこと言ってんじゃねぇぞ!!!」


「そうだそうだ!!! 休憩は男女平等だよッ!!!」


アンとロミーの態度に、ルドベキアとクロムはさらに大声をあげた。


ニコとルーが嬉しそうにその光景を見て鳴いている。


運手をしているルーザーが、振り返って大きなため息をついた。


「……まったく、年寄りはいたわってくれないのか」


――そして無事に隣の大陸に到着。


そこは、もうすでに線路は続いていなかったが、真新しいトロッコが乗り捨ててあった。


……これはたぶんグレイが乗ってきたやつだ。


もうすぐ……もうすぐ会えるんだ。


アンはそれを見て、グレイが乗り捨てたものだと考えた。


それからアンとルーザーが蒸気列車から降りると、何故かロミーとクロムも続く。


その後に、ルーが手を貸してニコも降り始めていた。


「お前たちも来るのか?」


アンが訊くと、クロムは笑みを返し、ロミーは不機嫌そうにする。


「この世界にまだストーンコールドの兄弟やママがいるんだろう。あいつの話によれば、ルーザーについて行けば確実そいつらに会える」


「だ……そうだよ。だからロミーが行くならボクとルーも行かなきゃね」


ロミーの言葉に、クロムが付け足した。


ルーザーは困った顔をしているが、アンは無愛想に言う。


「子供だからってといって甘くしないぞ。ついて来るなら私の手伝いもしてもらうからな」


「お前もまだ子供だろう。少しくらい早く生まれたからってえらそうにするな。大体なんだその喋り方は、もっと言葉やわらかく話せないのか」


「お前にだけは言われたくないッ!!!」


ロミーの言葉に、アンは表情をゆがめて憤慨ふんがいした。


人差し指を突き立てて、ロミーの顔に突き刺すと、そこからみ合いが始まってしまう。


その傍でルーザーが大きなため息をついた。


「まったく、この似た者同士は……先が思いやられるな」


「2人ともケンカはダメだよッ!!!」


クロムが必死に止めに入っていると――。


「おい、“アン”」


蒸気列車の窓から顔を出したルドベキアが、アンに声をかけた。


アンたちのほうからは、ルドベキアの体は見えていないが、彼の手足はふるえ始めている。


「一応、礼は言っとく。あとロミー、クロム、ルーチビたちのことを頼むぞ」


アンはロミーから手を離すと、ルドベキアのほうを向いた。


そして、彼が乗っている蒸気列車へと近づく。


「ああ。こちらこそありがとう、ルド。お前は私のことが嫌いかもしれないが、少なくとも私はまたお前に会いたい」


ルドベキアはアンの言葉を聞いて、誰にも気がつかれないように歯を食いしばった。


さらに、両手に力を込めて、先ほどよりも震える。


……ちげぇよ、そんなことはねぇ。


「どうなるかわかんねえけど。お前がグレイに会えたら……」


……俺は……お前のことを――。


「……他にも帝国とかストーンコールドあいつが言ってた他の合成種キメラ奴らのことが片付いたらよぉ」


……言えッ!! 言っちまえッ!!!


「そんときは……」


うつむいて言葉にまるルドベキア。


歯ぎしりの音が、自分にも聞こえる。


だが、すぐに顔をあげた。


「そんときは、お前と俺どっちがつえぇか決着けりをつけようぜ」


笑顔で言うルドベキア。


その笑みがとても引きったものだったことに気が付けなかったのは、この場ではアン――彼女だけだった。


「意気地なしだな」


「だね。なしなしだね」


「てめぇらは変なこと言ってんじゃねぇ!!!」


ロミーとクロムがボソボソ話していると、ルドベキアが2人を怒鳴りあげた。


アンはキョトンとしていたが、ルドベキアの目を見つめて満面の笑みを浮かべる。


「ああ、いいぞ。まあ、どうせ私が勝つけどな」


「ケッ、言うじゃねえか無愛想女。必ずだからな。また会う約束を忘れんなよ」


ルドベキアも笑顔でそれにこたえた。


それからルドベキアは蒸気列車を動かして、来た線路を後退しながら雪の大陸へと戻っていった。


蒸気列車に向かってルーザー、クロムは手を振り、ロミーも小さく手をあげている。


「バックでしか戻れないなんて。カッコ悪いな、あれ」


アンは、列車が見えなくなるまでまで、それを見て笑っていた。


そして、ニコとルー2匹が大きく鳴くと、それに負けじと蒸気列車が汽笛きてきを鳴らし返す。


静かな空に、その音が広がっていくような――そんな気がアンにはした。

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