78章

マナとキャス2人は、アンたちがこの雪の大陸に来るのに使った船――。


反帝国組織バイオ·ナンバーからもらった蒸気ボートで出発して行った。


2人がいなくなった後に、ルーザーがアンに「行かせてよかったのか?」と訊くと、彼女は無愛想に答える。


しょうがない……。


これはしょうがないことなのだと……。


アンは、2人と話していたときのことを思い出していた――。


「突然何を言いだすんだ……?」


驚きが隠せないアンは、その話を聞いてしばらく固まった後に、力のない声でたずねた。


マナとキャス2人は、数百年前にルーザーが暴走を止めたコンピュータークロエのある大陸へと向かうことを彼女にげる。


ルーザーから自分たちが合成種キメラと言われた彼女たちは、そこへ行くことで、炎や水などの自然の力を操れる秘密について何か分かるかもしれないと言うのだった。


「いきなり勝手を言ってごめん……。でも、それを知ることができたらあたしたちの正体……合成種キメラのこともわかると思うの。そうすれば、あの人と会ったときに……その、何か止められる助けになる気がして……」


マナが言葉を途切とぎれれさせながら、アンに伝えた。


申し訳なさそうに言う彼女だったが、その声には強い意志みたいなものが感じられる。


アンには、マナが言う“あの人”のことが説明されなくてもわかった。


詳しくは聞いていないが、おそらく彼女の兄であろう男――ラスグリーン·ダルオレンジ。


マナと同じゴーグルを身に付け、色違いの緑のジャケットを着ていて(マナは赤いジャケット)、彼女以上に強力な炎――緑と黒が混じった炎を操る男――。


彼は、砂漠や廃墟はいきょと化したストリング帝国周辺を彷徨さまよい、たったひとりで合成種キメラや成人した人間を焼きくし続けている。


しかも、荒廃こうはいした大地に生まれた狂暴な生物や、ストリング帝国も反帝国組織バイオ·ナンバーも関係なく無差別に――。


マナは、元々ラスグリーンと会うために村を出た。


アンはそれを思うと何も言えなくなる。


「マナと2人で話して決めたんだ……。私たちには何のためにはこんな力があるのか……。ルーザーが答えられないのなら自分たちで調べるしかない。いや、知りたいんだ。私たちが何者であるかを……」


キャスもマナと同じように申し訳なさそうにしているが、けしてアンから目をらさずいる。


彼女の意志もマナと同じように固いのだろう。


「アン……急に伝えることになってしまって悪かったとは思ってる……」


キャスにそう言われたアンは、首を横に振った。


そして、マナとキャス2人の顔を見ながら言う。


「これが最後の別れじゃないんだ。また会える……いや、必ず会うだろう、私たちは」


「アン……そうだな」


「うんッ!! 絶対にね!!!」


アンの言葉に、マナとキャスは笑顔で返した。


それを傍で見ていたニコは、寂しそうに鳴いた。


――そして、しょうがないと答えたアンを見たルーザーは――。


「そうか……。すまないな、私が彼女たちに余計なことを言ったばかりに……」


ルーザ―がバツが悪そうしていると――。


「ああ、その通りだ」


アンが冷たい声で返すと、振り向いてルーザーのほうを見た。


それから人差し指を突き立て、自分の無愛想な顔を近づける。


「おかげで私とニコだけになったじゃないか。一体どうしてくれるんだ?」


静かに言うアンだったが、その声には面と向かって言われたものにしかわからない威圧感がある。


それをマネて、ニコもルーザーの足を引っ張り、め寄っていた。


「男なら女に寂しい思いをさせた責任を取れ」


前髪で表情が見えにくいが、アンにめられて困り果てているのわかるルーザー。


どうすればいい? と返す彼に、アンはけしてめの姿勢をゆるめずに言葉を続ける。


「お前には私と来てもらう。これからグレイがいる街がどんなところかわからないけど。当然合成種キメラも出るだろうし、ストリング帝国の追手も来るかもしれないし。色々と手伝ってもらうぞ」


「しーしー言うなよ……。まったくずいぶんじゃないか。それって断れるのか?」


「断るなら慰謝料いしゃりょうを払え。私の育ての親であるグレイがこう言っていた、女を悲しませた男は、それ相応そうおう代価だいかを払わなければならないってな」


ルーザーは口元をゆがめながら、その金額をたずねた。


訊かれたアンは、ニヤリと口角を上げる。


その隣で、ニコも彼女と同じようにニヤッとした。


「5000万ゴールドだ」


そう言われたルーザーは、あきれた顔をし、とても払えるがくではないと返すとこう続ける。


「……トホホとしか言えんがしょうがない。君の手伝いをしよう、アン」


ルーザーの言葉を聞いたアンとニコは、互いの両手を打ち鳴らしてハイタッチ。


そして彼女は「よしッ!! 薬箱をゲットしたぞ、ニコ!!!」と、叫ぶように言った。


「おい、薬箱って……」


それを見ていたルーザーは、哀愁あいしゅうただよわせながらつぶやくことしかできなかった。

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