77章

数週間後――。


クロムが起こした地震によって、炭鉱跡は酷いあり様となったが、アンたちと避難ひなんしてきたガーベラドームの住人たちが協力して、なんとか人が住めるくらいまでは修復した。


どうやら住人たちは、これからこの炭鉱跡で暮らすことを決めたようだ。


さいわいなことに、ここには住人たちが生活できるだけの広さはある。


食料に関していえば、ルーザーが育てていた野菜があり、外へ白鹿ホワイト·レインディアを狩りに行けば肉も手に入るだろう。


修復してから、まだ以前のドームほどの活気は戻っていないが、住人たちの表情には笑顔が戻っていた。


その影響か、アンはストリング帝国を出てから初めて心が休まる時間を味わっていた。


「おい、晩ご飯ができたぞ」


アンが、トレイを持って人数分の野菜シチューを運んでいた。


畑のある部屋にいるキャスとマナ、そしてルーザーに持ってきたのだ。


その後ろには、トレイの上にあるシチューをこぼさない様に、恐る恐る歩くニコもいる。


それからアンとニコは、ルーザーたちが座っている地面に敷いてあった布の上に腰を下ろす。


「さっき食べ終わったぞ」


ルーザーがそう言うと、キャスがあきれた顔をした。


彼女は朝からルーザーと一緒にいたが、この老人は食事どころか果実の1つも食べていないと言う。


ルーザーは、包帯の巻いてある腕を、空いているほうの手でボリボリき始めた。


彼の左腕は肩から吊るされていた。


それは、クロムの大地を操る力によって折られたからだ。


「あらら、おかしいな~さっき食べなかったか?」


「これはあれか、ぞくにいう認知症にんちしょうというやつだな」


キャスがそう言うと、その場にいた皆が笑った。


それからアンが、ルドベキア、クロム、ロミー、ルーがどこ行ったのかをたずねる。


彼女は、てっきりこの部屋にいると思ったからだ。


ルーザーが言うに、ルドベキアはここに住むための改装工事やらの手伝いをしていて休むひまもないらしい。


あまりの忙しさに、食事は作業しながらませているそうだ。


それからクロムの話――。


「彼は今、君らを乗せるための蒸気列車をメンテナンスしているよ」


最初のアンたちの目的であった蒸気列車は、この炭鉱跡にあった。


ルドベキアが入り組んだ坑道内を迷わずにルーザーの部屋に向かって行けた理由は、彼がここに所有している蒸気列車を隠していて、何度も来たことがあったからだった。


ルドベキアがどういう理由で蒸気列車のことを教える気になったのかはわからないが、彼はアンたちに協力する気になってくれたようだ。


「そうか、なら休むように言ってくる」


話を聞いたアンがクロムの居るところへ行こうとしたが、ルーザーは彼女を止める。


もちろんそれには理由があった。


クロムは目が覚めてからアンたちにあやると、まるで何事もなかったのように振舞っていた。


いつもの笑顔で、腕から余った服のそでを振って元気な姿を見せていたが――。


「彼なりに責任を感じてのことだろう。好きにさせてやりなさい」


ルーザーの言葉を聞いたアンたちは黙ってしまう。


……責任って。


この雪の大陸に来てから、私たちがどれだけクロムの世話になったと思っているんだよ……。


アンは、言葉にはしなかったが、内心でそう思った。


「気にしなくていいのに……」


つぶやくマナ。


その横で、キャスが両腕を組んでうなづいている。


ニコもそれをマネして、両腕を組んでコクコクと首をたてに動かしていた。


「いや、大事……やったことのケジメは大事。だけど、あとでシチューを持って行ってやろう」


アンが無愛想に言うと、マナとキャスが頷く。


そして、ニコは大きく両手をあげて嬉しそうに鳴いた。


そんな様子を、笑みを浮かべて見ていたルーザーは話を続ける。


「それでロミーとルーだが――」


「なんだ? まさかストーンコールドのところへ行ったとか言わないよな?」


アンが訊くと、ルーザーは「流石さすがにそれはない」と返した。


何でもロミーいわく、ストーンコールドは無理して勝てる相手ではないそうでケガが治るまでは待つそうだ。


「じゃあ、どこへ?」とアンが質問を繰り返すと――。


どうも崩れたガーベラドームへ行っているらしい。


それを聞いたアンは、呆れてものが言えないくなっていた。


……なんで外へ行くんだよ。


もし、ストーンコールドに見つかったら殺されるぞ。


おまけにルーまで連れて行って……。


うつむいて内心で心配しているアンに、キャスが声をかける。


「アン……実はな」


「へッ!?」


うわずった声を出して顔を上げたアン。


彼女は、慌てていつもの表情に戻した。


それは、ロミーのことを心配していると思われたくなかったからだった。


そんな彼女を見て、マナとニコが微笑ほほえんでいる。


「い、いや今のは気にするな。それよりもなんだキャス?」


「ああ、私とマナはここでお前と別れようと思う」


その言葉で、傍で微笑んでいたマナの顔が暗くなり、ニコはビックリして立ち上がっていた。


そして、アンは啞然あぜんしてキャスを見つめているだけだった。

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