79章

「は~い、持ってきたよ!」


クロムがサラダとチーズ、そしてこの大陸に生息する白鹿ホワイト·レインディアの肉が乗った皿を両手に持って、嬉しそうに声を出している。


彼が蒸気列車を動かせるようにし、炭鉱内の改装工事が一段落いちだんらくしたことで、ささやかだがパ―ティ―をすることとなった。


クロムは人数分の皿を次々に布を敷いた床に置いてから、次にジャガイモとニンジンのスープと白鹿ホワイト·レインディアの肉が入ったシチューを運んできていた。


ニコもそれを見習って、重たそうにしながらも食事を床へ運んでいる。


「みんな、ドンドン食べちゃってね。たくさん作ったからまだまだあるよ」


避難してきたガーベラドームの住人たちの女性陣と共に、クロムはパーティー用の料理を皆に振舞っていた。


蒸気列車のメンテナンスを終えたばかりで疲れていただろう、だが彼は休まずに働いている。


そのパーティーの席――。


大広間の端で、居心地が悪そうにロミーとルーがいた。


彼女たちは、声をかけるなオーラをはなちながら、無言でガツガツと運ばれた料理を食べている。


「傷はもういいのか?」


その横に腰を下ろす老人が1人――。


ルーザーだ。


ロミーが不機嫌そうにすると、ルーも同じように顔をしかめた。


そして、返事もせずにまた料理にガッつき始めている。


それは、その小さな体にどのくらいめ込むんだ? と言うくらいの勢いだった。


ルーザーは、それを見て大きなため息をつくと、持っていた酒瓶さかびんふたを開けて、そのままラッパ飲みをする。


「血が足りない……」


すると、ロミーがつぶやいた。


「そうか。たくさん食べて、早く良くなるといいな」


ルーザーがそう返事をすると、ロミーはまるで独り言のように話をし始めた。


今回は負けたが、次は必ずストーンコールドを殺す。


そのためにも、栄養が必要なのだと。


ルーザーは、飲むペースが早かったせいか顔を赤くして訊く。


「そんなに奴を殺したいか?」


それからルーザーは、ロミーのことはルドベキアから聞いてると続けた。


「復讐か……」


ロミーはまた何も返さなかった。


それから、彼女は先ほどと同じで、独り言のように言葉をつないでいく。


この雪の大陸に来てから、ずっと考えている。


どうやったら合成種キメラを殺せるのかを――。


初めて奴らの巣を見つけて乗り込んだときは死にかけた。


それから毎回繰り返し奴らの巣を見つけては乗り込み、同じように命の危機にさらされた。


だが、戦うたびに強くなった。


いや、正確には合成種キメラを殺すのが“うまくなった”と言ったほうがいいのだろうが。


「まだ若いのにそれ以外のことには興味がないのか。……まあでも、熱中できることがあるってのは良いことかぁ」


ロミーの話を聞いたルーザーが、少しだけ両目をトロンとさせながら、寂しげな笑みを見せた。


「でも、本当にそれ以外にないのか?」


酒が入っているせいか、ルーザーはしつこくまた訊いた。


「ない。優先……それがあたしの最優先」


ロミーは呟くように言うと、また料理にガッつき始めた。


――その頃、アンは大広間から出て、外が見える部屋に1人でいた。


中にはテーブルもベットもあり(すべて周辺に生えている木から作られたものだ)、生活するのは十分な家具がそろえられている。


そこは、改装工事で作られた部屋の1つだった。


アンは、窓から雪が降るのをながめながら、ベットに腰を掛けていた。


コンコンコン。


ノックの音が3回。


アンが返事をすると扉が開いて、そこには酒瓶と2つのコップを持ったルドベキアの姿があった。


「こんなとこでなにしてんだよ」


ルドベキアはぶっきらぼうに言いながら部屋に入って、テーブルにコップを置いた。


アンが「別に……」と無愛想に返すと、彼は表情をゆがめる。


「かぁ~、人がせっかく気を使って温まるもんを持ってきてやったのに、その態度かよ。ったく、可愛くねえ」


ルドベキアはそう言いながら、アンのために持ってきたコップと自分のコップに酒を注いでいった。


アンはお酒なんて飲んだことがないと返すと、彼は説明を始めた。


この雪の大陸では、子供のときから誰もが度の強いアルコールを飲むそうだ。


それは単純に、体を内部から温める知恵のようなものだと言う。


「ほら、試しに飲んでみろよ」


ルドベキアはアンにコップを手渡す。


そして彼女はそれを一気に飲み干した。


「バカッ!! そんな風に飲むもんじゃねえぞ!!!」


慌てているルドベキアの前で、アンは、ぷはぁ~と息を吐いた。


そして、早速ほほが赤く染まり始めている。


「ホントだ。なんかポカポカしてきた」


アンがウトウトした様子で言うと、ルドベキアが怒鳴る。


強い酒を一気に飲み干したものだから、もう酔っ払っているんだと。


呆れた顔のルドベキア。


「じゃあな、残りはゆっくり飲めよ」


そして、彼は自分のコップに入った酒を飲み干すと、不機嫌そうに部屋を出て行こうとした。


「待って」


アンがルドベキアを止めた。


真っ赤な顔でフラフラとベットから立ち上がる。


「用はこれだけ? 何か話があったんじゃないのか?」


扉のドアノブに手をかけたままのルドベキア。


彼は何も言葉を返さない。


そんなルドベキアのほうを見て、アンは微笑んでいた。


「……今さらだけど、ありがとう、ルド。あなたやクロムがいたから……私はグレイのいるところへ行くことができる」


アンは、急に礼を言い始めた。


その感謝の言葉を背に受けたルドベキアは、少し震えている。


そして、そのまま背を向けたままで言葉を返す。


「なあ、もしグレイに会えたらよぉ……」


言葉に詰まりながらアンのほうへ振り返るルドベキア。


「ここに戻ってきて暮らさねえか? ここなら帝国と戦うことに反対する奴もいねえし……。べ、別に俺と一緒に住むとかじゃなくてよ」


「ルド……」


アンは両目を大きく開くと、ルドベキアにニッコリと笑みを返した。


そのときの彼女はの顔を見たルドベキアは、何故か顔を背けてしまっている。


そんな彼を見たアンは、さらにクスッと笑った。


そのとき――。


外から叫ぶような大声が聞こえてきた。


「おい!! ここに居んのか人間カスどもッ!!!」


アンとルドベキアは、声の主が誰かすぐにわかった。


そう――。


人間のことをカスと呼ぶのは、あいつしか――ストーンコールドしかいない。


「機械の腕をした女とハリネズミみてぇな頭の男、あと前髪のなげぇジジイに用がある!!!」


ストーンコールドは、誰かに話しかけるように言葉を続け始めた。

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