67章

ストリング帝国の航空機――トレモロ・ビグスビーと、今アンたちの目の前に立ちはだかっている半人半獣の合成種キメラ――ストーンコールドが開けた穴から、内臓まで凍りつきそうな風が彼女たちに吹き荒れた。


この雪の大陸にたたずむ白い卵のようなガーベラドームは、ほぼすでに全壊ぜんかいしている。


アンは周りを見ると、苛立った表情のまま言葉を発した。


もう住人たちは避難できているはずだと――。


何故アンは表情を歪めているのか?


それは、先ほどのロミーの態度のせいもあったが、この生意気な義眼の少女のおかげで、時間が稼げたというのが気に入らなかったからだった。


電撃を喰らい、激しく後退したストーンコールドが、首を鳴らしながらゆっくりとアンたちのほうへ近寄り始めた。


そして、前に出ていたロミーに喋りかける。


「逃げんのか、俺を殺すんじゃなかったのかよ?」


アンは、それを見て両目を大きく見開いた。


話では聞いていて疑っていたわけではなかったが、まさか本当に合成種キメラが言葉を話すことに驚きが隠せなかったからだ。


だが、アンはすぐに表情を戻して叫ぶ。


「おい、ロミー!! 奴の言うことを聞くな!!! 子供でもわかる挑発だぞ!!!」


「怖いならお前は逃げればいい。あたしはこいつを殺す。……そう、何よりも優先……最優先」


「1人で勝てるつもりか!? 神が奇跡でも起こさない限りは――」


「神なんかには頼らない。あたしは物心ついたときから奇跡や運など信じていない。信じれるものはこれまで自分が歩いてきた道だけだ」


アンの言葉をさえぎって返したロミーは、姿勢を低くし、腰に帯びたカトラスを握った。


小さな彼女がさらに地面に近づき、右目の義眼が激しく赤く点滅し始めている。


「ルーッ!! 出て来いッ!!!」


今までボソボソとしか言葉を発しなかったロミーが、突然大声で電気仕掛け子羊――ルーの名を叫んだ。


プシュー、ガシャン、ガシャン。


機械がきしむような音が聞こえてくる。


2本足で立っているツギハギだらけの機械――それは半壊はんかいしたスチームマシーンだった。


そのき出しの操縦席には、黒い豊かな毛でおおわれたルーの姿が見える。


ルーはレバーを動かし、ストーンコールドへと向かって行く。


だが、すでに壊れかけのスチームマシーンでは、ストーンコールドを止めることはできなかった。


何1つできずに片手で押さえられる。


だが、ルーはひるまずに、スチームマシーンの腕についたマシンガンを撃ち込んだ。


ストーンコールドは笑いながらそれを、押さえていないほうの手で防ぐ。


「オラオラどうした? こんなんで俺を殺せるかよ」


ヘラヘラと、ルーの乗るスチームマシーンを押しつぶそうとするストーンコールド。


ひたすらマシンガンを撃ち続けるスチームマシーンの後ろから、突然、黒い小さな物体がストーンコールド目掛けて飛び込んできた。


ロミーだ。


彼女はそのままストーンコールドの腕を走りながら、その肩へと飛び乗り、そして顔面へカトラスの刃を突き刺す。


悲鳴をあげて口が開くと、そこへサブマシンガンVz61――スコーピオンを連射した。


だが――。


「クソッ!! 弾切れか!!!」


ストーンコールドは、サブマシンガンの弾が尽いたすきを見逃さず、ロミーとルーの乗ったスチームマシーンを跳ね飛ばす。


操縦席から投げ出されたルーをアンがなんとか受け止めたが、ロミーは地面に叩きつけられた。


そして、口の中に弾丸を撃ち込まれたストーンコールドは表情を歪めながら、倒れた彼女へと近づく。


「惜しかったな。もしハンドグレネードが残っていれば、お前の勝ちだったかもしれねえ」


ストーンコールドの顔から泡が吹き出していた。


弾丸を撃たれ、穴の開いたほほの傷が再生していく。


「そういえば、お前と俺と戦いは1勝1敗だったな。だが、これで終わりだ。楽しかったぜ、ロミー」


ストーンコールドは、動けないロミーに覆いかぶさるようにのぞき込む。


……っく!? ここからじゃ飛び出しても間に合わない!!


かといって電撃ではロミーも巻き添えに――。


アンは、そう思いながらも、ストーンコールドに向かってけ出していた。


だが、もう間に合いそうにない。


「お前をかてにして、俺はさらに強くなる」


そう言ったストーンコールドは、ロミーをまみ上げて大きく口を開けた。


彼女を胃に収めようとしているのだ。


「やめろッ!!!」


その叫び声と共に、ストーンコールドの目の前で、銀白色のポニーテールが揺れた。


それは、飛び込んできたクロムだった。


クロムは握っていた大きなハンマーで、ストーンコールドのこめかみを打ち抜く。


凄まじい轟音ごうおんが鳴り、掴まれていたロミーが解放され、駆け出していたアンが落ちてきた彼女を滑りこんで受け止める。


思わず手を離してしまったストーンコールドは、怒気を含んだ表情でクロムを思いっきり手で払った。


空中で無防備だったクロムは、そのままガーベラドームの壁に叩きつけられる。


その壁を突き抜け、彼はドームの外へと飛ばされてしまった。


外へ飛ばしたクロムを追って、ストーンコールドもドーム外へ向かっていく。


「クロムッ!? まずいこのままじゃ……」


アンが叫ぶと、腕の中のロミーが目を覚ました。


無理矢理に体を起こし、再びカトラスを握って、フラフラとストーンコールドへ向かおうとする。


「無茶をするな。その体でクロムを助けようなんて無謀むぼう過ぎるぞ」


アンは心配そうに声をかけた。


すでにボロボロのロミーだったが、彼女は戦意を失っていなかった。


赤く光る右目の義眼がそれを物語っている。


「……あたしは誰も助けない。ただキメラを殺すだけだ」


彼女の言葉を聞いたアンは、激しく表情を歪ませた。

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