63章

半人半獣の生き物――。


それは身長約8メートルはある。


アンはそれを見て思いだしていた。


「あれは、クロムが言っていたストーンコールドとかいう合成種キメラか!?」


その傍で、スチームマシーンを全滅させたストリング皇帝も、ストーンコールドの姿をながめていた。


ストーンコールドは街を壊しながら進み、上空にいるストリング帝国の航空機であるトレモロ・ビグスビーに飛び掛かり、次々に落としていく。


「これはまたとんでもないキメラがいたものだな。うん?」


そのとき――ストリング皇帝の腕に付けられていた通信デバイスが鳴った。


「どうしたのかね? リンベース君」


その報告は、現れたストーンコールドによって、トレモロ・ビグスビーの半数が撃墜されてことを伝えるものだった。


通信を切ったストリング皇帝は、やれやれと大きなため息をついて、アンに声をかける。


「中途半端になってしまったが、ここで退かせてもらうよ」


「私を……捕まえないのか……?」


アンの言葉に、ストリング皇帝は笑みを浮かべた。


それは悪戯いたずらをした子供を、鼻で笑うようなそんな笑顔だった。


「最初に言っただろう。私がここへ来た目的は、君やキャス将軍の確保ではなく、ガーベラドームの制圧でもない。まあ、ノピア将軍への土産みやげくらいには考えてはいたがね」


そう言うとストリング皇帝は、アンと気を失って倒れているルドベキアに背を向けて歩き出した。


それから、背を向けたまま言葉を続ける。


「今回のことで理解してもらえただろう。君らなど、その気になればいつだって始末できるのだ。私はこう見えてプライベートではズボラなほうでね。つい、家にひそんでいるネズミなどは放っておいてしまう性質たちなんだ」


そして、ストーンコールドが鳴らしている破壊音が聞こえる中――ストリング皇帝は静かにその場を去っていった。


アンは、安堵あんどと共に全身の力が抜け、その場に両膝りょうひざをついてしまう。


「奴の……言う通りだ。皇帝は私たちをドブネズミくらいにしか思っていない……」


膝をついてうつむいていたアンの目から流れる涙が、油と血で染まった地面に落ちる。


それは悔しさからなのか、それとも助かったことへの安心から流れた涙なのかは、アン本人にもわからなかった。


「そうだ!! おい、ルドベキアほくろハリネズミッ!!!」


涙をぬぐって立ち上がったアンは、ルドベキアへとけ寄る。


声をかけ、体をすると彼は目を覚ました。


「髭野郎はどうした……?」


「大丈夫だもういない。それよりもキメラが……ストーンコールドが現れた」


ルドベキアはまだ完全に意識が戻っていないようだったが、体を起こして周囲を見渡した。


そこには、彼の部下だった男たちの無残な死体と、スチームマシーンの残骸ざんがいがあった。


「み、みんな……られちまったのか……?」


ルドベキアは、それを見てうつむく。


そして、血を吐き出し、また倒れ込んだ。


ストリング皇帝との戦いで何度も致命傷ちめいしょうった今の彼は、生きているのがおかしいほどの重傷だったからだ。


アンは、倒れたルドベキアを背負って歩き出した。


「なッ!? 何してんだ無愛想女ッ!!」


「見ればわかるだろう。皆と合流してここから脱出する」


アンのその声には、力強さがみなぎっていた。


必ずこの男を生きて連れて返る――そんな強い意志が感じられるものだった。


だが、ルドベキアを背負って進むアンの足取りは覚束おぼつかず、まるで生まれたてのヤギのような頼りなさだ。


「バカがッ!! 俺のことなんか放って置けよ。てめえだってボロボロじゃねえか」


「私はお前を置いて行かない」


アンは、フラつきながらも言葉を続ける。


「お前のために命を捨てた……彼らのためにも必ずお前を助ける。……彼らは大事な仲間だったのだろう? その態度でわかるよ」


ルドベキアは何も答えられなかった。


アンの背に乗ったルドベキアは、それから震えるような声でつぶやく。


「クソ……女なんかに助けられるなんて……情けねえ……。今すぐ死にたいくらいだ……」


彼はまた涙を流していた。


ストリング皇帝に歯が立たず、仲間やドームを守れなかったこと――。


そして、よりにもよって一番助けられたくない女性の背に乗っている自分に耐えられなかったからだった。


「死ぬのはダメだ」


アンが背に乗ったルドベキアへ声をかけた。


静かに、まるで彼を抱きしめるかのような優しい声で。


「お前の大事な人が助けてくれた命は大事……そうだろう? ルド」


「てめえ……また“お前”って言いやがったな……クソ……」


そして、アンはルドベキアを背負って仲間の元へと向かった。

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