64章

――その頃。


キャスは、マナとクロム、そしてニコと共にガーベラドームの住人たちを避難させていた。


ストリング帝国の機械人形――オートマタがジェットパックで空を飛び、上空から電磁波放出装置――インストガンを雨のように降らせている。


キャスとマナは、その攻撃を自分たちが持つ不思議な力――水や炎を飛ばして牽制していた。


クロムが、ガーベラドームの裏にある雪山には炭鉱跡があると言い、そこへ向かうように住人たちを誘導ゆうどうしている。


「その炭鉱跡は大丈夫なのか? もし無人なら合成種キメラ雪虎スノー・タイガー氷熊アイス・グリズリーが住み着いている可能性も」


キャスがクロムに訊くと、その炭鉱跡には、ある野菜売りの老人が1人で住んでいることを話す。


「ちょっと暗そうだけど、優しいお爺ちゃんだから、きっと僕らを受け入れてくれるよ」


「それならいいが。それにしてもオートマタどもの数は大したことないが、こうも空を飛ばれるとやり辛くてかなわんな」


キャスがそう言うと、急にオートマタたちが急停止し、編隊を組んでどこかへ行ってしまった。


「やったよ!! 機械人形たちが逃げていく!!!」


マナが、その場でピョンピョンねて喜んだ。


クロムも、ニコと両手を合わせてはしゃいでいる。


だが、キャスだけは表情をゆがめていた。


……あちらのほうが優勢だというのに退却だと?


せんな。


もしかして、アンたちが皇帝を追い詰めたとか……?


「ああ~!? アンだよ!! アンが戻ってきた!!!」


マナの叫び声。


そこには、ルドベキアを背負っているアンの姿があった。


マナとニコは嬉しそうに、彼女の傍へけ寄った。


クロム、キャスも後をついて行く。


「ルド……」


アンは背負っていたルドベキアをゆっくり降ろすと、クロムが彼に寄りった。


今は気を失っているだけだと言うアン。


それを聞いたクロムは、安心した様子で笑顔を返した。


「アン!! よかった、よかったよぉ!!!」


それからマナがフラフラのアンを抱きしめて、歓喜の声をあげた。


「うげ!? ……や、やめてくれ。傷口が開く……」


苦しそうにするアン。


だが、そんなことはお構え無しに、ニコも嬉しそうに鳴きながら彼女へ飛び掛っていた。


「く、苦しいぃ……。死ぬ、重さで死んでしまう~」


うめくアンに、マナとニコは離れると、ペロッと舌を出して謝った。


「よかった。皇帝からは逃げられたようだな」


キャスがアンに声をかけた。


アンは表情をくもらせる。


そして、逃げたのではなく見逃してもらったことを話した。


それから、ルドベキアと2人掛かりでもまったく歯が立たなかったこと――。


ルドベキアの部下であった男たちが、スチームマシーンごと倒されたことを続けて伝えた。


「そうか……だが、お前たちだけでも生きていてよかった」


キャスが、目に涙をためてそう答えた。


それは、この中で唯一ゆいいつストリング皇帝の強さを知っている彼女が、アンの無事を心から喜んでいることの表れだった。


キャスはアンの傍へ行き、その手を彼女の肩に当てた。


キャスの全身から水があふれ、それが手に伝わり、アンの身体を包んでいく。


彼女の持つ水の力が、アンの傷をいやしていった。


「ありがとうキャス。これでまだ戦える」


アンの言葉を聞いた全員が、その場で怒鳴り出した。


先ほど死にかけたばかりだろうというのに、と皆で彼女の体を掴む。


「実は……クロムの言っていた合成種キメラ――ストーンコールドが現れたんだ」


アンの言葉を聞いた全員が、オートマタが飛んでいった方向を見た。


遠くてよく確認はできないが、何か巨大な生物と交戦中のようだった。


「ストリング皇帝は、この場から退くと言っていた。だから誰かが倒さないまでも足止めを……」


「ならお前は休んでいろ。私が行く」


キャスがそう言うと、マナが両手を高く上げて続く。


「いやいや、あたしが行くよ!! そんな奴は、燃やし過ぎた真っ黒なチキンみたいにしてやるんだから!!!」


だが、アンは首を横に振る。


2人には、自然の力を使った傷を癒す力がある。


だから、ガーベラドームの住民を避難させた後に、その力でケガ人を治してもらいたいとアンは言うのだった。


「しかし、アン……」


キャスが言葉にまっていると、マナが倒れているルドベキアへと近づていった。


両目を閉じた彼女は、何かをいつくしむような表情をすると、炎が優しくルドベキアを包む。


青ざめていた彼の顔が、次第に生気を取り戻していった。


それを見たクロムは、マナに何度も礼を言っている。


「じゃあ、アンにお願いしようかな」


「おい、マナッ!?」


キャスが大声を出すと、マナは微笑んだ。


「だって、キャスも知ってるでしょ? アンはこうなったら人の話なんて聞かないんだから」


マナの言葉を聞いたキャスは、大きなため息をつき、右手で頭を掻き始めた。


どうもあきれている様子だ。


そして、笑いながらアンに言う。


「そうだった……こいつは言い出したら聞かない奴だった」


無言で笑みを返したアンは、そのまま走り出した。


キャスもマナも、そしてニコもその背中を見つめている。


「アン!! 絶対に死んじゃダメだよ!!!」


マナがアンの背中に向けてげきを飛ばすと、彼女は機械の右手を大きく振ってそれに答え、ストーンコールドが暴れているほうへと向かって行った。

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