56章

クロムがルドと呼んだ男が、アンたちのほうへ近づいて来る。


両手をポケットに突っ込んで、太々ふてぶてしい態度のまま、地面につばを吐きながら進む様子は、何か嫌なことがあり、機嫌をそこねているのかと思わせるものだった。


「ったく、ドームの中で騒ぎやがって。てめえらもよぉ、やるなら1対1サシでやれよ」


スチームマシーンに乗っている男たちに声をかけるルドと呼ばれた男。


男が歩いて来ると、アンたちを囲んでいたスチームマシーンが動き始めて道を開ける。


どうやらルドと呼ばれた男に、彼らは逆らえないようだ。


そして男は、アンとクロムのことをにらみながら、2人の前で止まる。


……態度もそうだが、ずいぶん刺々とげとげしい頭だな。


頭に巻いたバンダナから出ている、無数の針のような逆立った髪を見てアンは思った。


睨みつけてくる男から目をらさずに、アンは男の容姿をさらによく見てみる。


……身長は170~175cmくらい、年齢は私とそう変わらなそうだな。


うん? 目の下に大きなほくろがある。


顔は端整たんせいだが、性格の悪さが表情に出ているな。


正直、あまり関わり合いたくない人間だ。


「ルド、今日はお願いがあってきたんだけど」


クロムは古い友人にでも会ったかのように、とても馴れ馴れしく男に触れながら声をかけていた。


だが、男の表情は不機嫌なままだ。


クロムは、そんなことは気にせずに話を続けた。


アンが隣の大陸に行きたいので、蒸気列車を動かしてほしいと――。


それを聞いたアンは、両目を見開いた。


「なっ!? まさかこのほくろハリネズミがガーベラドームの王なのか!?」


アンが驚いて声をあげると、ルドと呼ばれた男は大きく舌打ちをする。


その音を聞いたニコは、ビクッとして男の顔を見ながらアンの足にしがみついて震えていた。


今にも泣きだしそうな顔をして。


それは、ここまで他人を威圧する男に、ニコが初めて出会ったというのもあった。


ルドと呼ばれた男は無言ではいるが、その表情はさらに苛立いらだっていそうだった。


「うん、そうだよ。この雪の大陸の王様――ルドベキア・ヴェイスとは、この目の前に居る男のことだ~!!! はいッ!! ジャジャジャジャーン~!!!」


クロムが余った腕のそでを振りながら、ルドベキアと呼んだ男をたたえるようにはしゃいだ。


アンはその名を聞いて気がつく。


「ルドベキア・ヴェイス……ヴェイスって、たしかプラムって女性ひとと同じせい……」


「そうそう。ルドはプラムの息子なんだよ。だからボクのお兄さんなんだ」


満面の笑みで言うクロム。


だが、その横で不機嫌そうにしているルドベキア。


対照的な2人を見たアンは、とてもそうは見えないと思った。


疑いの表情をしているアンの横で、ニコも同じようにけわしい顔をしている。


「おい、女」


ルドベキアが、両手をポケットに突っ込んだまま、アンの顔を見下ろすように近づけた。


威圧するような視線を送ってくる彼に、アンは無愛想な顔でそれを見返す。


「誰がほくろハリネズミだコラッ!!!」


突然怒鳴り出したルドベキアは、ポケットから手を出してアンの胸元を掴んだ。


「私は女という名前じゃない。アンだ。アン・テネシーグレッチだ。それよりもなんだいきなり? 早くこの手を離せ」


「んなこたぁ訊いてねえんだよ。そもそもそれが人にモノを頼む態度か? あんッ!?」


「それはそうだな。申し訳ない」


アンは掴まれた手を払うと、素直に頭を下げて、蒸気列車を動かしてほしいと頼んだ。


その傍でクロムが、ルドベキアの服のすそを引っ張って、彼女の願い聞いてあげてほしいと甘えるように言っている。


「おい、クロム。俺が女嫌いなのを忘れたのか? ふん、俺はなぁ、こんな愛想のねえ女は特に嫌いなんだよ」


ルドベキアは傍にいたクロムの頭を掴んだ。


そして、そのままアンのほうへクロムを放り投げるように乱暴に払う。


そんなクロムをアンは受け止める。


「おいお前、何をするんだ!?」


「あん!? “お前”だぁ。俺はお前って言われんのが一番ムカつくんだよ!!」


「やめてよ!! アンもルドベキアもケンカしないで!!!」


アンがルドベキアを睨みつけると、彼はあからさまに怒りをあらわにした。


そんな2人の間に入って止めるクロム。


ニコは、ただそれを見て、オロオロとしていることしかできなかった。


ルドベキアは、ペッと地面に唾を吐いて言う。


「てめえ、蒸気列車を動かしてえんだったな。なら、ここのルールにのっとって決めようや」


「ここのルールだと?」


アンが訊くと、ルドベキアはここで初めて笑みを見せた。


歯をき出しにして、獣がたけるように。


「ああ、このガーベラドームでだた1つの決まりごと。それは力だ」

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