55章

スチームマシーン2体の振り落とされた腕を、笑顔で受け止めているクロム。


そして、その小さな体で受け止めた機械の腕を、軽々とね飛ばした。


「この人に手を出すなら、その乗っているスチームマシーンを鉄クズにしちゃうよ」


クロムの言葉に、襲ってきた男たちは何も言わずに静まり返っていた。


ただ、スチームマシーンから出る蒸気だけが、その場に聞こえている。


動かないスチームマシーンを見たクロムは、持っていた大きな物を包んでいた布を取った。


クロムが投げ捨てた布が、ニコに被さってバタバタと慌てて取ろうとしている。


布の中からは、大人の身長さえ超える大きなハンマーが出てきた。


クロムは、それを地面に叩きつけると、振動で辺りの屋台や建物、さらにはスチームマシーンが揺れる。


その一撃は、まるで地震のように大地を動かした。


「早くどいてよ。それともボクとやる気なの?」


ハンマーを地面に突き刺して、着ていた大きめのチュニックの帯を締め直すクロム。


アンはその光景をただ両目を開いて見ていた。


この銀白色ポニーテールの小さな少年が、ここまで力があるとは思ってもみなかったからだ。


……す、凄い。


これはガタイのいいレスやシックスよりもパワーがあるんじゃないか?


驚いていたアンは、ハッと我に返ってクロムの前に出る。


「クロム、下がっていてくれ。私が売られた喧嘩だ」


「でも、アンは女の子だからボクが守らないとね。死んだプラムとの約束なんだよ。女の子を守るのがクロムなんだって」


アンは「それは男じゃなくてか?」と訊いた。


クロムは、首を横に振って笑顔で返す。


「ううん、男とか女とかじゃなくて、“ボク”が女の子を守ってあげてって言われたんだ。まあ、そう言ったプラムにはかなわなかったけどね」


「敵わなかった? どういう意味だ?」


「プラムには、いつも守ってもらっていたから」


それを聞いたアンは、クロムの育ての親であるプラムという女性に、改めて敬意を持った。


クロムがいつも穏やかで笑っているのは、きっとプラムがそういう子になってほしいと、彼に背中で語っていたのだろうと思ったからだ。


……キャスも言っていたけど、私もプラムという人に会ってみたかったな。


私の知らないグレイのことも訊いてみたかった……。


そう思っていたアンは、表情をキリっと切り替えた。


「そうか、なら守ってもらおう。だけど、私もお前を守るぞ。お互いに守り合えば半永久的はんえいきゅうてきに戦えるからな」


「それいいね」


アンが腰に帯びたピックアップ・ブレードを抜いた。


グリップにあるスイッチを押し、光のサーベルが姿を現す。


そして、その白い光のやいばを、スチームマシーンへ向けた。


いつの間にかアンの後ろに回ったニコは、そのスチームマシーンをにらんでいる。


「おい、クロム。お前、いくらルドベキアと古い仲だからって、ちと調子に乗り過ぎじゃねえか?」


スチームマシーンの乗った男がそう言うと、周りからガシャン、ガシャンという機械がきしむような音が聞こえてきた。


「お前がいくら強くったってな。ようは数なんだよッ!!!」


プシュー、ガシャン、ガシャン。


蒸気がき出る音と、機械が軋む音。


気がつくと3体だったスチームマシーンが、11体になっていた。


「あらま、今日はずいぶん景気けいきがいいね」


クロムは、集まったスチームマシーンを見て男にそう言った。


前と後ろからはさみ込まれる形となったアンとクロムは、自然と背中合わせになる。


先ほどまでスチームマシーンを睨みつけていたニコは、今度はアンの足に掴まりながら震えていた。


急に敵の数が増え、逃げ道が無くなってしまい、恐怖を感じているのだろう。


「クロム、あのスチームマシーンって機械はどのくらい強いんだ? お前なら何体いても勝てるんだろう?」


「いや~カッコつけちゃったけど、この数はちょっとボクでも無理だね。しかも囲まれているし、絶体絶命だぁ」


「その危機感のなさ……怖いもの知らずを通り越してるぞ。後のことを考えなさ過ぎだ」


アンがあきれて言うと、クロムは舌を出してテヘッと笑った。


「カワイイ顔して誤魔化ごまかすな、クロム」


「アンって見た目通りだね。まるでロミーと同じだ。とってもキビしいね」


「大事……時には厳しさも大事」


アンがつぶやくと、スチームマシーンが一斉に動き始めた。


……っく!? キャスとマナを呼ぶか。


電撃を天井へ向かって撃てば――。


「てめえら、人の縄張なわばりで何やってんだッ!!!」


アンがそう考えていると、突然怒鳴り声が聞こえた。


動き始めていたスチームマシーンが、すべて止まり、声のする方向を見ている。


クロムは、その声の主を見て手を振っていた。


「ルド、久しぶりだね。元気だった」


……なんだ? クロムの友達か?


味方なら助かるけど……。


そう思ったアンが、声がするほうを見てみると、そこには逆立った髪にバンダナを巻いた男が、不機嫌そうに顔をゆがめて立っていた。

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