54章

ドームの中心部に向かう途中――。


歩を進めているアンたちの周囲には、並んでいる露店や屋台から声が飛び交っている。


「このアサルトライフル!! 今なら弾もセットで付けちゃうよ!!!」


「さあさあ見ていってくれ、この業物わざものを!!! この剣はなんとあの蒸気列車の向こうの街に住む切り裂き魔が使っていたモノだ!!!」


雪虎スノー・タイガー氷熊アイス・グリズリーから身を守りたいのなら、ぜひこのよろいを買っていきな!!! 軽くて丈夫でおまけに安いときたもんだ!!!」


そんな声にを聞いたアンは、商魂しょうこんたくましさを感じつつも、売られている商品がすべて武器や防具などの物騒ぶっそうなモノであることに、少々心を痛めていた。


崩壊後の世界で、このガーベラドームには活気が残っていること自体にアンは喜びを感じていたが、この祭りのような盛り上がりが、銃や剣などではなく、もっと生活用品や食品だったのならよかったのにと、つい考えてしまう。


そんなアンを見たクロムが、ニコを肩車して微笑みかける。


いきなりかつがれたニコは慌てふためいていたが、クロムの頭に手を置いて安定すると、嬉しそうに鳴いた。


「こういうとこは嫌い?」


「いや、別に嫌いというわけでは……ただ、売っている品を見てな」


「う~ん、中心部は特に物騒なモノが多いからね。でも、キャスとマナが歩いていったほうには、服とか食べ物とかが中心で売っているよ。用事が終わったらアンも行ってみよう。きっと楽しいから」


アンはこの銀白色ポニーテールの少年に、気を使われたと思うと酷く恥ずかしい気持ちになった。


この鍛冶屋の少年は、きっと落ち込んだ女性の扱いに慣れているのだ。


……いくら男とはいえ、年下のクロムに見透かされてしまった……


私はこんな小さな少年よりも子供だな……。


そう思うと、アンはクロムを見た。


彼の背中には、布に包まれた背丈を超える大きな物がくくりけられている。


前にマナが訊いたときに、宝物だと答えた物だ。


そして、両肩にニコを乗せ、着ているチュニックの余った袖を振り、左右に揺れながら笑って進んでいる。


その肩に乗っているニコも楽しそうにしていた。


……少し……少しだけだけど。


気の使いかたとか、グレイに似てる……。


あいつにもこういう何気ない優しさがあったな……。


クロムの態度に、アンがグレイへの思いをよみがえらせていると、ふとある疑問がいた。


……そういえばグレイは、どうやってドームの中へ入ったのだろう?


余所者は入れないはずなのに……?


クロムの言いかたでは、グレイが中に入れないなんてことはなさそうだし……。


それにしても、バイオ・ナンバーのリーダーとつながっていたり、こんなところで鍛冶職人の女性ひとに少女を預けたりと、グレイの奴……私には自分のことを何も話してくれなかったんだな……。


少し落ち込んだアンが、はしゃいでいるクロムとニコの後をトボトボ歩いていると、背中から大きな影が現れた。


プシュー、ガシャン、ガシャン。


何か煙が噴き出した音と機械がきしむ音が聞こえ、アンが振り向いてみると――。


そこには、2本足で立っているツギハギだらけの機械がいた。


頭部が無い人型の形状をしており胴体の上に操縦席を配置され、そのき出しになっている操縦席から操縦者が、アンのことを見下ろしている。


それはこのガーベラドームに住む盗賊たちがる、蒸気で動く機械――スチームマシーンの集団だった。


「おい、姉ちゃん。珍しい腕してんな?」


先頭にいたスチームマシーンに乗った男が、アンに声をかけた。


どうもアンの機械の右腕が気になったようだった。


彼女は何も答えずに、黙ったまま無愛想な顔を向けていた。


……これがグレイから聞いていたナンパというやつか?


想像していた以上に不愉快だな。


いや、こういう態度の男が好きな女性ひともいるのか……。


内心でそんなことを考えていたアン。


無視されたと思った男は、顔を強張らせている。


「シカトかよ。まあいい。その機械の腕と腰に下げてるモノを置いて行け」


「何を言っているんだお前は? 置いて行くわけないだろう」


スチームマシーンに乗っている男たちは、アンの態度を見て笑い出した。


アンは意味がよく分からず、眉を下げる。


「クク、姉ちゃんよ。ここの……ガーベラドームのルールを教えてやるよ!!」


男がそう叫ぶと、スチームマシーンの腕がアンに襲い掛かった。


アンは、突然飛んできた攻撃を避けて後ろに下がる。


「いきなり何をするんだ!?」


「だからルールを教えてやるって言ってんだろう? それよりも後ろにも気を付けたほうがいいんじゃねえか」


男がそう言った後――。


いつの間にかアンの後ろに回り込んでいた2体のスチームマシーンが、一斉に腕を振り下ろした。


……まずい!? やられるッ!?


アンがダメージを覚悟したそのとき――。


突然体を押されたかと思うと、振り落とされたスチームマシーンの腕が、彼女の目の前で止められていた。


「はあ~荒っぽいことは嫌いなんだけどなぁ」


大きなため息が聞こえ、アンの目の前で銀白色ポニーテールが揺れている。


それを見たスチームマシーンに乗った男たちは、冷や汗をかいていた。


「ねえ、ボクの友達に手を出さないでくれる?」


そこには、背負っていた大きな物でスチームマシーンの腕を受け止めたクロムが立っていた。

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