50章

「化け物の分際で言葉がわかるのか? だったらよく聞け。あたしの娘を痛めつけたことを後悔させてやる」


プラムは、持っていた大きなハンマーを振りかぶって飛んだ。


そして、8メートルはあるストーンコールドの頭上にそれを叩きつける。


「ぐおッ!?」


両腕でしっかりとガードしていたストーンコールドだったが、その体は雪の大地にめり込んでしまっていた。


プラムの予想以上の力にストーンコールドの表情がゆがむ。


「クロム、あんたはローズとルーを頼む」


ストーンコールドの巨体をハンマーで抑え込んだプラムは、隠れていたクロムへ静かに言った。


言われたクロムは、慌てながら走り出し、ルーを抱えて半壊した小屋の中で気を失っているロミーの元へ。


傷だらけの彼女を見たクロムは、震えながらその体を抱きしめた。


「プラム!! ロミーは生きてるよ!!!」


クロムの声を聞いたプラムが、一瞬だけ気がゆるんでしまったのか、抑え込まれていたストーンコールドが、ハンマーを振り払って、めり込んだ地面から脱出する。


距離を取り、表情が歪んでいたストーンコールドの顔が、笑みを浮かべ始めた。


ハンマーをガードした腕をさすりながら、今度は自分からプラムのほうへと近づいて行く。


「ガーベラドームの連中が言っていた通りだな。こいつは久しぶりに楽しめそうだ」


「楽しめるだって? お前は何をしにここへ来たんだ?」


プラムの疑問の声に、ストーンコールドはさらに笑い、その口から見える牙が太陽にさらされて不気味に光る。


「お前を食うためだ」


そして、両手から爪を出してプラムに襲い掛かった。


その巨体とは思えないほど、素早い動きで鋭い突きを繰り出していく。


プラムは、なんとかそれを防いではいたが、反撃できるほどの余裕はなかった。


「あたしを食ってどうする気? もうそれほど若くもないし、とても美味うまいとは思えないけど」


「いや、きっと美味いぜ。なんたってその馬鹿力が俺のものになるんだからな!!!」


プラムは、ハンマーで爪の攻撃を受けながらも考える。


……こいつの言うことを信じるなら、食った生き物を自分の力にできるってことか?


くっ!? それにしても早すぎる!?


ストーンコールドのマシンガンのような攻撃に、すべがないプラムだったが、それでも見事に防ぎきっていた。


爪が当たらないため苛立ったのか、ストーンコールドが身構えてプラムにぶちかましを喰らわす。


プラムは、それをハンマーで受けたが、後方へと弾き飛ばされた。


「俺の体当たりを受けて立っていられる奴は初めて見たぜ。人間クズのくせにスゲー馬鹿力だな」


「このまま続けてもあたしは勝てない。だけど、それはお前も同じだよ」


プラムの言葉を聞いたストーンコールドは、突然跳躍ちょうやくした。


8メートルはある巨大な体が宙を飛んでいく。


そしてその飛んだ先には――。


「クロム!! ローズとルーを連れて小屋から離れろッ!!!」


狙いに気がついたプラムは、宙に飛んでいるストーンコールドへハンマーを投げつけた。


もの凄い回転をして飛んでいくハンマーに打ち落とされたストーンコールドは、笑いながら立ち上がる。


プラムはわかっていた。


武器を投げてしまったのは、完全に失敗であったことを――。


それは、自分の身を守るものを失ったからだ。


だが、それでもプラムは、ロミーたちを助けるためにしたことに後悔はなかった。


「うぅ、クロム……キメラが……」


小屋から離れたクロムが、ロミーを抱えてると気を失っていた彼女が目を覚ました。


クロムとルーは涙を流しながら、ボロボロになったロミーに声をかけている。


そのとき――。


プラムが叫ぶように声を発した。


「クロム、ローズ、ルー!!!」


怒鳴るような大きさなのに、穏やかに感じるプラムの声。


ロミーたちは、プラムのほうを見た。


彼女は、ゆっくりと近づいてくるストーンコールドの目の前で、両手を組み、仁王立におうだちをして笑みを浮かべていた。


「あんたたちと暮らせて楽しかったわ。ありがとうね」


プラムの言葉がロミーたちに聞こえたとき――


ストーンコールドの牙が彼女の体に喰らいついた。


「イヤだ……イヤだよぉ……プラムゥゥゥ!!!」


泣き叫ぶクロム。


ロミーとルーは、肩口から喰われていくプラムの姿を見て、動くことも声を出すこともできずにいた。


生きながら喰われていくプラムは、痛みで悲痛な顔をしながらも何故か笑っている。


ストーンコールドは何かおかしいと気がつくと、血塗れになった口から彼女を吐き出そうとした。


だが、プラムは自分の体に突き刺さった牙を掴んで、吐き出せないようにする。


「もう……遅い。この距離ならあの子らも無事だ。あたしと死ね……化け物……」


プラムが、か細い声でそう言った瞬間に大爆発が起きた。


爆炎がただよい、プラムとストーンコールドがいた場所が煙に包まれる。


「う、嘘だよね……? プラム……プラムゥゥゥ!!!」


クロムは、泣き叫びながらその場でひざをついた。


ロミーとルーが、そんな彼に寄りかかるように抱いた。


「……火薬なんて持ってたのかよ」


煙の中から太いドスのいた声が聞こえ始める。


「えっ!? なんで……どうして……」


ロミーがうすれていく煙の中に見たものは、半人半獣の生き物――ストーンコールドだった。


顔の半分と右腕がごっそりと削られた姿ではあったが、ストーンコールドは生きてた。


それを見て身を震わせるロミー。


「よくもプラムを……殺す、殺す、絶対に殺すッ!!!」


ロミーは、先ほどルーが使っていた木の棒を地面から抜き取って、血を流しながらストーンコールドへと向かって行く。


だが、いくら半身を失った相手とはいえ、そんな棒でストーンコールドに勝てるはずもない。


それにロミーはもう立っていられないほど、血を流し過ぎていた。


彼女は、ストーンコールドにたどり着く前に、その場にドサッと倒れてまた気を失う。


ルーが駆け寄っていくと、そこにはもうストーンコールドの姿が――。


「用は済んだが、ついでだし食っておくか」


ストーンコールドの左腕がロミーを掴もうとする。


ルーは、ロミーにおおいい被さって、彼女を守ろうとした。


「やめろッ!!!」


クロムの叫び声と共に、大地が激しく揺れる。


その大地震のような揺れは、立っているのも厳しいほどのものだった。


「ロミーとルーに手を出すなぁぁぁ!!!」


一体なのが起こったのか。


クロムは叫び続けてはいるが、雪の地面に膝をついたままだ。


ストーンコールドは思う。


……あのポニーテールの子供ガキ、まさか……?


激しく揺れる中を、フラフラとクロムに近づいていくストーンコールド。


クロムは膝をついたまま、それを見上げて睨む。


「彼女を食べるならボクを食べろよッ!!!」


顔の半分がないストーンコールドは、それを聞いて笑った。


クロムがその様子を見ていると、ストーンコールドの失った身体の部分が泡を立て始め、次第に修復されていく。


「安心しろ。あの子供ガキは食わないでおいてやるよ。将来が楽しみだしな」


そのストーンコールドの態度は、みょうに親しげだった。


そして、どうしてなのか、クロムの頭をでる。


「お前も同類かよ……。ふふ……ふはははは」


去り際につぶやくように言ったストーンコールドは、笑みを浮かべてその場を去っていった。

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