47章

楽しい食事の時間が、アンの一言で一気に殺伐さつばつとしたものになってしまった。


キャスがカトラス突き付けているロミーを牽制しようと、腰に帯びたピックアップ・ブレードに手をかけたが――。


「キャス、大丈夫。大丈夫だから手は出さないでくれ」


アンが右手の義手を出して、それを制止した。


アンの機械の右腕を見たロミーは、カトラスを突き付けたままたずねた。


その腕はグレイに付けられたのか? と――。


訊かれたアンは、簡単に機械の腕のことを説明した。


マシーナリー・ウイルスのことを――。


ストリング帝国の科学者たちが開発した、人体を侵食する細菌。


このウイルスは、体内で一定の濃度まで上がると成長し、宿主しゅくしゅの身体を機械化する。


機械化したものは、人体を超えた力と速度で動けるようになるが、宿主は自我を失い、ストリング帝国の完全なる機械人形へと変わってしまうこと――。


自分はウイルスに侵されたが、機械化が腕で収まっていること――。


それからアンは自分のことを――さらにキャスやマナのことも説明した。


元帝国兵士と元将軍だったことや、キャスとマナは生まれつき自然を操れる不思議な力が備わっていたこと――。


この雪の大陸へ来るまでに、反帝国組織バイオ・ナンバーと接触し、そこでシックスというキャスやマナと同じように不思議な力を操れる男がいたこと――


何よりもバイオ・ナンバーの基地で、彼を含めた多くの友人ができたこと――。


そして旅の目的――。


はぐれてしまったグレイを捜していること――。


マナも捜している人物がいることも話した。


わざわざ話す必要がないことまで説明したのは、アンはロミーに信用してもらいたかったからだと思われる。


「お前のその目はグレイに付けてもらったのか?」


アンが微笑みながらロミーの右目について訊ねたが、彼女のは「ふん」と言葉をらして、部屋から出て行ってしまった。


その後ろを、ルーも同じように「ふん」といった不機嫌な態度でついて行く。


「ちょっと待て!? まだ話は終わってないぞ!?」


アンが身を乗り出して叫んだが、ロミーは聞こえていないかのように言う。


「クロム、ちょっと出かけてくる。あたしが帰ってくるまでにこいつらを追い出しておけよ」


その言葉を聞いたキャスとマナ、そしてニコはまゆをしかめた。


それはロミーのいちいちとげのある言葉に、すでに怒るよりも辟易へきえきしているからだった。


クロムは席から立って、ロミーを追いかけるが、彼女は声をかけてくる彼のことなど無視して、そのままルーと共に外へ出て行ってしまった。


アンの顔が、残念といった感じでくもる。


肩を落とす彼女に、ニコが心配そうに寄りった。


「何か聞ければと思ったんだけど……どうやらあいつにとってグレイはよほど憎い相手みたいだ……」


そんなアンを見たクロムは、微笑みながら言う。


「ボクもグレイのことは知ってるよ。よかったら知っていることを話そうか?」


アンはうつむいていた顔をバッと上げて、両目を見開いた。


その急な行動に、寄り添っていたニコが驚いてひっくり返っている。


「ぜひ頼む! お願いだ!! なんでもいいから彼のことを聞かせてくれ」


「そんなによく知っているわけじゃないんだけど……」


「それでもいい!! 頼む、クロム!!!」


そう言ったアンはクロムに頭を下げていた。


その横で、アンのそんな姿を見たニコが、慌てて彼女のように頭を下げる。


「私からも頼む」


キャス――。


「お願い、クロム。アンにとってグレイは大事な人なの」


マナ――。


そんなアンたちを見たクロムは、まるで横にした三日月みかづきのような形に口角を上げてニッコリと笑った。


「じゃあ、まずはボクとロミーとグレイの接点になった女性ひと――プラムのことから話すね」


クロムは、それからチーズをつまんで口へと放り込むと、話を始めた。

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