46章

落とし穴からアンを引き上げ、クロムの作ってくれる食事を待つため、テーブルにつく。


キャスとマナは何度も頭を下げて、ニコも申し訳なさそうにアンにくっついていた。


キャスが完全に忘れていたことを、正直に話してしまい、少し不機嫌になっているアン。


彼女は、両腕を組んでほほふくらませていた。


「ああ~キャスったら、なんで言っちゃうかな。黙っていればよかったのに……」


「うるさいぞ、マナ。こういうことは誠実な態度がだな……」


いつまでも機嫌の直らないアンを見て、キャスとマナが言い争いを始めた。


その兄弟ゲンカをみたいな言い合いをしている2人を見て、アンはつい笑ってしまう。


「もういいから、2人ともケンカはやめてくれ」


「アン……すまなかった」


「アン……ごめんなさい」


アンは微笑みながら2人を止め、キャスとマナはまた同じように深く頭を下げた。


ニコもその隣で、2人と同じように深く頭を下げている。


「できたよ~」


クロムの弾んだ優しい声が聞こえた。


その手には、サラダとチーズ、そしてこの大陸に生息する白鹿ホワイト・レインディアの肉が乗った皿を持っている。


人数分をテーブルに置いてから、クロムは次にジャガイモとニンジンのスープも運んできた。


「クロム、私も運ぶくらいは手伝うよ」


キャスが席を立って言ったが、クロムは笑顔で客は座っているようにと返した。


テーブルに置かれた料理――。


湯気の立つそれを見て、アンたちは思わず両目が開いてしまっていた。


そして食事が出ると、黒装束の少女ロミーと黒い羊ルーも不機嫌そうにテーブルにつく。


さすがに5人と2匹分の料理を、この小さなテーブルへ置くには狭かったが、なんとかすべて収まった。


「それじゃ、いただきますをしましょうね」


クロムがそう言うと、全員で言葉をそろえてから皆で料理に手を付け始めた。


マナは早速聞いていたチーズを頬張ほうばる。


「すごい美味しいよ、このチーズ!!」


その言葉を聞いたアンとキャスも、続いてチーズを食べる。


2人とも初めて食べたチーズの美味しさに、表情がゆるんでしまっていた。


クロムが話すに、ここらで作られているチーズは、すべて白鹿ホワイト・レインディアの乳から取れるもので、わりと一般的なものなのだと言う。


鹿の乳は基本的に、脂肪分20%強、タンパク質10%強と、非常に濃いものだそうで、普通に取れる牛などの乳よりも濃厚に感じるんだそうだ。


今料理として出ているものは、レモンと白鹿ホワイト・レインディアの乳でできたシンプルなものだが、アンたちは大満足でそれを平らげていった。


「わあ~こんな瑞々みずみずしい野菜どこで作ったの?」


今度はサラダに手をつけ始めたマナが、クロムに訊いた。


クロムが言うに、彼がここで打った鉄をガーベラドームへ売りに行くように、野菜を専門で売りに行く老人がいるそうだ。


この極寒の大陸で、どうやってこれだけの質のいいものを育てているのかは謎だが、そのおかげてガーベラドームの住人たちは、いつも新鮮な野菜をしょくすることができると話す。


「これだけのものは、グレイでも作れないだろうな」


アンがポツリとつぶやくと、静かに食事をしていたロミーが突然立ち上がった。


それと同じようにルーも席を立ち上がる。


「おい、お前……いまグレイと言ったな」


ロミーはアンを睨みつけながら訊いた。


右目の義眼が、彼女の感情を表しているかのように赤く光る。


そしてその表情を見るだけで、彼女が不機嫌というレベルではなく、完全に苛立っていることがわかった。


「ああ、もしかしてグレイのことを知っているのか?」


質問されたアンは、反対に嬉しそうに声を返した。


それはグレイの情報がようやく手に入ると思ったからだった。


アンのその態度を見てロミーは――。


「今すぐ出て行け!! でないと、今度こそ殺してやるぞ!!!」


そう叫びながら、腰に帯びた剣――カトラスをアンに突き付けた。

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