48章

――プラム・ヴェイス。


この小屋で鍛冶職人をやっていた女性で、ガーベラドームの路地裏で捨てられていたクロムを拾って育てた。


仕事柄か、頭にはいつもバンダナを巻いており、そこから出ている髪はシュリンプスタイルに束ねられている。


職人らしく頑固で口数は少ないものの、子供好きで優しく、左目の下にあるほくろが少し悲愴感ひそうかんを感じさせるクロムとロミーの育ての親である。


ロミーとルーをここへ連れてきたのはグレイ。


それは、今から約3年前の話だ。


彼はある日にこの雪の大陸にあるプラムの家をたずね、当時9歳だったロミーを預けようとしていた。


「あんた……どこで作った子供ガキか知らないけど、なんであたしが面倒をみなきゃいけないんだよ」


「君にしか頼めないんだ。お願いだよ、プラム」


悲願ひがんするグレイ。


プラムは、酢でも飲んだような酸っぱい顔をしてロミーを見た。


右目が義眼の少女。


マシーナリーな眼が少女の感情に反応してか、赤く点滅している。


彼女の目は合成種キメラに襲われたときに失い、グレイが代わりを付けたと言う。


無愛想な顔をした少女は、ただ何も言わずに遠くを見ている。


悲しそうとか、寂しそうとかいうよりも、何かに対して怒りを感じているような、そんなふうに見えた。


それから大きくため息をついた彼女は、やれやれといった顔で、ロミーとルーを預かることにした。


プラムと一緒の住んでいたクロムは、2人のことを歓迎した。


同い年の子と、可愛らしい見た目をした電気仕掛けの黒い羊とこれから暮らせると思って嬉しくなったのだ。


それでもロミーとルーは、あまり2人と馴染む気がないのか、ただ出された食事を食べては寝て、小屋の外でプラムの打った剣を適当に取っては振り続けていた。


小さなロミーの身体には合わない大きな剣を、それこそ毎日振り続けた。


ルーも彼女のマネをして大剣を振ろうとしているが、いつもその重さで持ち上げることもできないでいた。


ある日、いつものようにルーが持ち上げられず、大剣に押しつぶされていると――。


その大剣を軽々と片手で持ち上げたクロムが、ロミーへと近づいて行く。


「ねえ、どうして毎日剣を振るの?」


気になったクロムが、ロミーに訊いた。


彼女は、無愛想につぶやく。


根絶ねだやしにするため……」


「根絶やし? 何を根絶やしにするの?」


だが、ロミーは答えなかった。


クロムはロミーと仲良くなりたかった。


しばらくしてルーとは打ち解けたが、彼女とはまだろくに会話もできていないことに心を痛めていたからだった。


彼女の本名であるローズから、親しみを込めてロミーと呼んだりと、彼なりに距離をちぢめようと努力してみたものの、なかなか仲良くなれずにいた。


そこでクロムはある決心をする。


「よし! これならロミーも喜んでくれる」


仲良くなろうとしていたはずが、いつの間にロミーを喜ばす方向へと変わっていったのは、クロムの人柄のせいか。


ともかくクロムは、ロミーのために行動を開始した。


それから数か月後――。


クロムがニッコリと微笑みながら、いつものように大剣を危なげに振っているロミーのところへ来た。


「ロミー、実はプレゼントがあるんだ」


そう言って持っていた布包みの中身をロミーへ見せると、そこには大航海時代、中南米で使われていた農耕用のなたを改良した刀剣類の1種――カトラスがあった。


「……これは?」


ロミーは突然のプレゼントに、いつもの無愛想な顔が驚きの表情へと変わってしまっていた。


「へへ、ボクが作ったんだ。ちゃんとした剣を作ったのは初めてだし、プラムにも手伝ってもらっちゃったけど……」


それからクロムは、何故カトラスをロミーへ作ったのかを説明した。


プラムがガーベラドームへ売りに行く武器の中には、当然子供用の物などない。


だから、ちゃんとロミーの身体に合った剣を作ってあげたいと思ったのだと伝えた。


「よかったら使ってね」


照れながら言うクロム。


ロミーはそんな彼の顔を見ることが出来ず、ついそらしてうつむいてしまっていた。


だが、か細い声でロミーは振り絞った。


「あ、ありがと……」


「喜んでくれて嬉しいよッ!!!」


プラムは、そんな2人を小屋の窓から眺めて微笑んでいた。


ロミーは、照れ隠しもあってか、早速できたばかりのカトラスを振ってみようとすると――。


「あッ!? こら、ルー!! それはあたしがもらったんだぞッ!!!」


ルーが、ロミーから奪ったカトラスを振り回して、大はしゃぎしていた。


それからだった。


ロミーが、クロムとプラムと打ち解けていったのは。


だが、ある日に突然――。


この幸福な時間は破壊されてしまう。

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