44章

どうやら小屋の周りには落とし穴が仕掛けてあったようで、アンたちは見事に引っかかってしまった。


落ちた穴の上からは、黒い羊と黒装束の少女が見下ろしている。


よく見ると少女の右目が赤く光っていた。


アンが義眼なのだろうと思っていると、黒装束の少女がサブマシンガンVz61を乱射した。


落とし穴の中にいるアンたちへ、鉛玉の雨が降り注ぐ。


「マナ、ニコ!! 私の後ろに下がれ!!! キャス、全部打ち落とすぞ。当然できるよな?」


アンが腰にびているピックアップ・ブレードを出した。


それに呼応こおうしてキャスもブレードを握る。


グリップにあるスイッチを押し、白い光のサーベルが姿を現す。


このピックアップ・ブレードはストリング帝国の武器だ。


アンもキャスも元は帝国の軍人だったので、今でもこの武器を使用している。


「無論だ。私を誰だと思っている? 飛んでくる弾丸を落とすなど、朝駆けの駄賃だちんというやつだ」


「アサガケノダチン? なにそれ?」


キャスの言葉に首をかしげ、眉を下げるマナ。


その隣で、ニコも同じように首を傾げている。


アンとキャス2人は、その白い光のやいばで、雨のように降って来る弾丸を防いでいた。


だが、いくら防ぎ続けても弾丸が止む気配はない。


「っく!? このままじゃマズイな。何か状況を変えないと……」


アンがそうつぶやくと、キャスが考えがあると言葉を返した。


なんと、ここからキャスとマナ2人で、上にある穴の外へ飛ぶと言うのだ。


「えぇ~!? あたし、鳥さんじゃないから飛べないよッ!?」


「シックスを思い出せ。お前も見ていたはずだ。彼が風を使ってやっていたことを」


それを聞いたマナは、ポンッと手を打ち落とすと、ニコを抱いて上を見上げた。


キャスが、アンにしばらくの間だけ1人で弾丸を防いでいるように言う。


そして、キャスも上を見上げると左手をかざした。


キャスの身体から、水流すいりゅうの音が聞こえ、その身をき通った水が包んでいく。


全身にまとった透き通った水が、穴から入る陽の光をびて青みをびる。


その姿は大昔の物語に出てくる四大精霊しだいせいれいのうち、水をつかさど精霊エレメンタル――ウンディーネを彷彿ほうふうとさせた。


「マナ、私が合図を出したら行くぞ」


「うん、やってみるよ!」


キャスのかざしたてのひらから、水が竜巻のように渦を巻いて飛び出していく。


上にいた黒装束の少女と黒い羊は、それに面を喰らってその場から離れた。


「よし、飛ぶぞマナ!!」


「うん、オッケ―だよ!!!」


キャスの身体を包んでいた水が、滝のように噴き出し、その勢いで上昇していく。


マナのほうも全身にまとった炎を、同じように噴き出して、穴の外へと飛んで行った。


「おい!? 私を置いて行く気か~!?」


アンが1人、穴の底から叫んだが、キャスとマナは、自分の体が宙へと浮かんでいく感覚に酔いしれていて、聞こえていなさそうだ。


マナに抱かれていたニコも嬉しそうにはしゃいでいる。


そして、落とし穴から脱出したキャスとマナとニコ。


キャスは、すぐさまピックアップ・ブレードの光の刃を黒装束の少女へと向けた。


「穴から出てしまえば、もうこちらの勝ちだ。大人しくしろ、子供を手にかける趣味はない」


キャスは降伏こうふくをするように言ったが、黒装束の少女は――。


「なんだお前たちは、炎や水が操れるのか? やっぱり人間じゃない……キメラだな」


「あたしたちは人間だよ。こんな力はあるけど、人を襲ったりして危害を加えたりしないもん」


黒装束の少女が汚いものでも見るかのような目で、2人をにらみながら静かに言うと、マナが人間であることを主張した。


それでも少女には、その言葉は届かなかった。


マナとキャスの言葉は、少女の耳にはまるっきり入っていないように見える。


少女は、ただ目の前にいるキャスとマナを殺すことだけを考えている――そんな冷たい目を向けていた。


それから黒装束の少女は、持っていたサブマシンガンを黒い羊に投げ渡した。


そして、腰に帯びていたナイフとサーベルの中間ほどの短い剣――カトラスをさやから抜く。


「あたしの家を襲ったことを後悔させてやる」


黒装束の少女がそう呟くと、黒い羊はサブマシンガンを構えた。


少女たちの気迫に怯えたニコが、マナの足にしがみついて震えている。


「ちょ、ちょっと!? ストップだよロミー!!!」


そのとき――。


この場の緊迫した空気を変えるような、叫び声が聞こえた。


その声はとても慌てていて大きいのに、人を包み込むような優しい声だった。


「クロム……邪魔をするな」


黒装束の少女がそう返した先には、銀白色のポニーテールをした少年が立っていた。

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