43章

――次の朝。


反帝国組織バイオ・ナンバーの兵士たちは、この駐屯地ちゅうとんち放棄ほうきして、本拠地ほんきょちへと戻ろうとしていた。


兵士たち全員が、マナとニコと抱擁ほうようを交わしている。


その表情が、とても名残惜しそうにしているのを見て、アンはキャスも少し寂しい気持ちになった。


それから兵士の中の1人が、アンたちにこの大陸のことを説明し出した。


この雪の大陸にあるたった1つの国。


その名はガーベラドーム――。


世界崩壊後に、この過酷な環境から身を守るために集まった人々が作った国。


そして、いつしかそこは力だけが正義の無法地帯へと変わった。


ここにいる兵士たちは、何度もストリング帝国と戦う協力を頼みにいったのだが、ガーベラドームの住人たちが荒っぽ過ぎて話もできず、近寄れないと言う。


それは、反帝国組織バイオ・ナンバーだけではなく、ストリング帝国もだった。


前に、この大陸まで遠征に来て、追い返されていたそうだ。


何よりも一番厄介なのは、住人の多くが盗賊などの犯罪者で、スチームマシーンという人型の機械に乗っていること。


「その話なら聞いたことがある。バッカス将軍が兵を連れて攻め入ったが、妙な機械が邪魔して、まったく敵わなかったと言っていた。スチームマシーンとはアイロン的な何か?」


キャスが兵士に訊くと、その人型の機械について話し始めた。


スチームマシーンとは、蒸気で動く人型の機械。


頭部が無いロボットの形状をしており胴体の上に操縦席を配置している。


レバーを動かすことにより手足を動かしたり、両手についているマシンガンが撃てるとても強力な兵器なのだそうだ。


その話をしている横で、バイオ・ナンバーの兵士たちが、昨夜用意した船に向かうために移動を始めた。


アンとキャスに説明していた兵士も、2人に手を振ってから慌ててそれについて行く。


そして、アンたちはバイオ・ナンバー兵士たちが見えなくなるまで、その後ろ姿を見続けていた。


マナとニコは、その場でピョンピョン跳ねながら両手を振り続けている。


「今の話を聞いても行くのか? そのガーベラドームへ」


キャスが、そんな2人の横いるアンに訊いた。


「ここには、その国しかないのなら行くしかない」


アンは無愛想に言葉を返して、少し間を置いて続ける。


「なに、1つしか国がないのなら、むしろグレイを捜すのが楽になったと思えばいいさ」


「気楽に言ってくれるなぁ。まあいい、当然私も行くぞ。他に行くところもないからな」


「キャス……」


アンがつぶやくように名前を呼ぶと、キャスは両腕を組んで顔をそらした。


「べ、別にお前にためというわけじゃないからな。あ、あれだあれ、旅は道連れってやつだ」


そんなキャスを見て、アンはつい顔がゆるんでしまっていた。


そんな2人にマナが飛び掛かった。


両手を伸ばして2人の肩を抱き、顔を近づける。


「もちろん、あたしも行くよ!! やっとアンと合流できたんだから!!! それに、アンがグレイに会えたら次はあたしの番だもん!!!」


「お前の会いたい人って……あの男のことか」


マナの言葉にキャスは、すぐに誰なのかを理解した。


それはアンが、キャスにマナのことは一通り話していたからだった。


マナの会いたい人物は、ストリング帝国でもうわさになっていた人物だ。


緑色のジャケットを着て、体には黒と緑の炎をまとい、その炎で何体もの合成種キメラを焼き尽くしている人物――。


ラスグリーン・ダルオレンジ。


はっきり聞いたわけではないが、アンの予想ではおそらくマナの兄ではないかと思っている。


くっついている3人の傍で、ニコがこちらに気づいて欲しそうにピョンピョン跳ねて鳴いていた。


アンが、そんなニコを抱いてニッコリと微笑んだ。


「ニコ、お前もグレイに会いたいよな」


それを聞いたニコは嬉しそうにまた鳴いた。


それから3人と1匹は、地面の雪に足跡をつけながらガーベラドームを目指す。


「マナ、場所はわかるか?」


「ううん、あたしほとんど駐屯地から出たことないから」


アンはマナを当てにしていたが、諦めて地図を頼って行くことに――。


幸いなことに、昨日の吹雪ふぶきが嘘のように陽がアンたちを照らしていた。


それでもかなり冷えるが、マナが言うには今日はとても暖かいらしい。


さらに運が良いことに道中で(地図で見る限り、ガーベラドームまであと少しのところまで来ていた)、この大陸に住む狂暴な獣――雪虎スノー・タイガー氷熊アイス・グリズリーには出会わなかった。


「そういえばこの大陸には、合成種キメラはいないのか?」


「いるみたいだけど、あまり兵士のみんなは話題にあげてなかったなぁ」


アンがマナにそんな話をしていると、目の前に小さな小屋が見えてくる。


その小屋の側には、工具や足跡などがあって、人が住んでいる気配を感じさせた。


キャスが言う。


「まさか、あれがガーベラドームか?」


「いや、キャス。あなたって意外とお馬鹿さん?」


そう言ったマナは、乾いた笑顔をキャスに向けていた。


「まあ、ともかく行ってみよう」


アンがそう言い、皆でその小屋へ進んでいくと――。


「うわッ!?」


「な、なんだこれは!?」


「ひゃ~地面が~!!!」


急に歩いていた地面の底が抜ける。


それはかなりの深さで、落ちたアンたちはしばらく何が起きたかわからなかった。


腰から落ち、痛がっている3人の横で、ニコが上を見て激しく鳴いている。


3人もすぐに立ち上がって、見上げてみると――。


そこには豊かな黒い毛でおおわれた羊がいた。


「またお前か!?」


アンが、苦虫をみ潰したような顔をした。


そしてその黒い羊の横には――。


「侵入者が罠に掛かったな。盗賊かそれともキメラか。キメラがいるなら優先……最優先で殺す」


黒装束の少女が、サブマシンガンVz61を構えて、アンたちをにらみつけていた。

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