第8話 それでも地球は回っている(無理やり)
「深夜零時って言ってたわね」
「まだまだ時間あるねー、エリスちゃん。てかエリスちゃん寒くないの?」
エリスはいつもの白のノースリーブのワンピースに、赤のショートブーツだ。
アテナはこれ以外のエリスの私服を見た事がなかった。
「寒くないよ。そう言うアテナは着込み過ぎじゃないの?」
アテナはライトベージュのムートンコートを着込み、インナーは白のニット。ボトムスには黒のギャザースカートに、同じく黒で合わせたスニーカーだ。
エリスはこの雲泥とも言えるファッションセンスの差を、その派手な金髪と美貌とで補っていた。
小さな顔の輪郭に収まるすべてのパーツは女神特化の黄金比となり、完璧なバランスの元で十六歳という幼さを含む可愛らしくも美しい容姿は、愛と美を司る女神アフロディーテの娘ならではだ。大きな宝石のような瞳はアテナと同じくブルーで、ショートボブの金髪のゆるふわ感は、実は寝癖だという事は誰も知らない。
「そうだ今のうちに情報収集しておくー?」
「なにするの? アテナ」
「知恵のメティスになったら色々と分かるのかなーって思って」
「ああ、アテナのママ・モードね。ここでやるの?」
前回のモード・ゼウスを体験済みのアテナは、今度はメティスを試すと言う。
モード・メティスはまだ一度も試した事はない。
「試してみていい? エリスちゃん」
「うん、そうね。あたしも見てみたいかも」
「じゃあ、変身するねー」
予備動作も何もない。ただそれを口にするだけだ。
「チェンジ! モード・メティス!」
キュインと甲高い音が弾けた刹那、アテナの体を黄金の光が包み込む。収束した光は少しずつアテナの着ている物を霧散させてゆく。
それと入れ替わりに透明のベールが頭から包み込み、やがて全身を覆った。この瞬間、アテナは知恵の女神メティスの化身となり、その能力を授かる。
シースルーの全身ベールは着物と言えるのだろうか。透けて見えるアテナの姿は……全裸だ。
「あれ? あれれ? おかしーなー」
両手を広げ自分の体を見下ろし、何か納得のいかない様子だ。
「どうしたの? アテナ」
「いやーエリスちゃん。うちのママの姿って黄金の全身鎧のはずなんだけど、なんで私裸なんだろー」
「そういえばそうね。しかもそれ……スケスケ感がよけいにエロいわよアテナ」
「ふふふ。エリスちゃんの仲間になっちゃった」
アテナは白昼の全裸にも動じないようだ。その姿を披露するかのようにベールの裾をつまんでクルクルと回ると、アテナの推定Dカップの胸は小気味良く揺れた。
場所は駅前の広場だ。しだいに人の目を集めだした。
「おい、あれって裸じゃないのか?」
「何かのパフォーマンス?」
「う、美しい……」
「芸術家かな?」
「女神だ! 女神さまきたーーー!」
「あっ……うっ」
駅前には交番もある。警官が二人、エリスたちに向かってくるのが見えた。
「ちょっとアテナ、ここじゃ目立ち過ぎじゃない?」
「そうだねーエリスちゃん。じゃあすぐに調べちゃうね」
ポンと掌に現れた
「ちょっと君たち、何をやってるんだ? 交番まで来なさい」
警官二人がエリスたちの元へ辿りつくと、アテナの姿に驚きつつも職務を全うしようとする。だがその目つきは男が女を見る視線だ。アテナの顔も見ずに、その胸と下半身に集中している。
「ちょっと待ってくださいね。すぐ終わりますからー」
シースルーベールのアテナは、スマホを暫く見つめた後、エリスにその結果を告げる。
「エリスちゃん、やっぱり『サンタクロース』は
「メティスでも分からないの? 他に調べる事はない? アテナ」
「何調べればいいんだろーエリスちゃん。あ、ついでにこれでゼウスの能力見てみよう」
再びスマホに集中し始めたアテナの腕を警官が掴んだ。交番に連れて行くつもりらしい。
「さあ、こっちに来るんだ。いつまでもそんな恰好でこんな所に居るんじゃない」
二人の警官に両腕を掴まれながらも、スマホを弄っていたアテナだったが――
「チェンジ! モード・キャンセル!」
――その掛け声と共にモードが解かれる。シュワワと光が集まり元の服装に戻ったアテナは警官に解放された。
「どうかしたのですか? おまわりさん」
「あ、あれ?」
アテナの声で我に返った警官は、既に記憶操作を受けていた。
「し、失礼しました!」
そそくさと交番に戻る二人の警官。エリスたちに集まりだした野次馬たちも、関心を無くして散開する。
「よく裸になって平然としていられるわね。アテナ」
「いやいやエリスちゃん。ずっとノーパンで平然としているエリスちゃんに言われたくないよー。てか見ての通り皆すぐに忘れちゃうでしょー?」
「本当ね。見物人も居なくなっちゃった」
「それよりもエリスちゃん。ゼウスの能力の一部が分かったよー」
「なんの能力?」
「時間進められるよーゼウス」
「え!? それってすごくない?」
「試してみる? 零時まで進めちゃおうか?」
やろうやろうと、二人は乗り気になって手を繋いだ。
「じゃあ私に捕まっていてねエリスちゃん。離れちゃ駄目よー?」
「うん。あたしもゼウスの一部になるのね。おっけーよ」
「いっくよー。チェンジ! モード・ゼウス!」
手を繋ぐ二人を光が包み込むと、その姿は光と共に拡散される。
アテナは今や全知全能の神ゼウスの化身となり、その肉体を捨て精神的な存在へと昇華させた。
エリスもそれに取り込まれていた。
(これが、地球?)
(そうだねーエリスちゃん。さっきまで私らが居た星だねー)
巨大になり過ぎた存在の意識の中で、二人は目の前の星を眺める。
(どうやって時間を進めるのかしら?)
(えっとねーちょっと待ってね。たぶん……こう、かな?)
何やら不安げだが、アテナは地球にむかって腕を伸ばす。
宇宙から差し伸べられたその手は、透き通ってはいるが可視化され、地球をその掌で覆った。
(
アテナが一言呟くと掌の中の地球が回りだす。始めはゆっくりと。――だがそれは加速され、すぐに勢いよく回転し始めた。
(ちょっとアテナ、まわし過ぎじゃない?)
(あれ? そうかも。どうしよう、えっとー)
二人がそんな事をやり取りしている間にも、地球は加速して回転し続ける。やがて地表の色が変わり始め、青い星が今や赤茶けた惑星へと変貌していった。
(あー、なんか地球……終わってない? アテナ)
(……えっと。……てへっ)
(てへっ、じゃないわよアテナ。何とかしなさいよ!)
(
回転の止まった地球は既に大気も失われ、海と呼ばれていたものは涸れ果て、大小のクレーターだらけのあばた面を晒していた。いったいどれほどの時を進んだというのだろうか。
(どう見ても滅んでるわよね。地球人)
(戻すもどす、戻します! たぶん戻る……かな?)
(地球はどうでもいいけど、神界を救えるかも知れない『愛』があったはずなんだから、ちゃんと戻してよね、アテナ)
(うん。わかってるよーエリスちゃん。
今度は逆回転を始める地球。アテナは少し慣れたのか、回転速度を調整する。
地球は今や全知全能の神の手によって、いいように弄ばれていた。
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