第7話 愛を運ぶもの


「なんかさぁ、夜だったら恥ずかしくないかなーって思ったけどさぁ」


 エリスはアパートの自室でダンボール箱を片付けながら、アテナに語りかける。

 夜間、電柱の陰に全裸で隠れて、女子高生二人を天使の矢に掛けたのは数日前の事だ。


「普通に恥ずかしかった……てか変質者になった気分」

「いやいやエリスちゃん。ちゃんとパンツ履ける子になってから言おうよ。今でも充分変質者だよー」

「え!?」


 エリスはいまだに下着を発見出来ていなかった。ダンボール箱も最初から比べたら減ってはいたが、それでもまだ部屋の三分の一はダンボール箱だ。


「スカートめくれなければ見えないから、それはよくない?」

「いやいやエリスちゃん。スカートはめくれるものだと思わないと。今だってお尻見えてるしー」

「え!?」


 パンツを探そうと、ダンボール箱に顔を突っ込んでいるエリスの尻は丸見えだった。


「あ!」

「どうしたの? エリスちゃん」

「よく考えたら、あたしパンツなんて買ってなかったわ!」

「えー、それじゃあ探してもあるわけないよねー? エリスちゃん」

「えへへ」

「もー。今から買いに行こうか? エリスちゃん」

「うん。付き合ってくれる?」


 駅ビルのショッピングモールへ向かう事に決めたが、アテナがラブコンLSCCを出すようにエリスに求めた。


「どうするの? アテナ」


 なにやらいじっている。


「はい。これでちょっとの反応くらいじゃ鳴らなくなったよー、感度下げたからー」


 人が密集している場所へ行く事への対処だった。街には大なり小なり愛も溢れている事だろう。


「そんな事も出来るのね。すごいねーアテナは」

「いやいやエリスちゃん。持ち主が知っててよー。取説読もうよー」


 使っているうちに慣れるだろうと、エリスはアテナの言葉も右から左だ。

 

 


 外には相変わらず大家の桐生一子が、竹箒を手にアパートの前を掃いていた。足元には特にゴミが落ちているでもなく、いったい何を掃いているのか謎だ。

 

「おやエリスちゃんとアテナちゃん。おでかけ?」

「うん。パンツ買いに」


 桐生一子のサングラスがキラリと光る。


「エリスちゃん。アンタこないだより受難の相が深くなってるわよ」

「えーそうなの?」

「しかもやっぱり駅の方角ね。先日強盗事件もあったばかりだし、そっちに行っちゃ駄目よ?」

「うん、わかったー。気を付けるねー」


 そして二人は駅前に向かう。アテナもエリス同様、駅に向かう事になんの躊躇いもない。

 格の違いがそうさせるのだろうか。人間の言葉に耳を貸すという事は、この二人には無いのかも知れない。

 

 いつかの強盗事件の銀行の前まで歩いて来た二人は、気付きもせずに通り過ぎたが、その銀行は事件のあった日から今日までずっと、閉店状態だった。

 強盗全員が原因不明の死を遂げたこの事件はいまだに解決を見ず、現場から消えた関係者と思われる二人組のの行方を追っている。銀行は開店の目途も立っていない。

 この事はもちろん、現界専門家スペシャリストたちによる記憶操作が働いている。


「なんだかいつにもまして賑やかね。アテナ」


 見れば駅前の街路樹すべてに、イルミネーション用に飾り付けが施されており、ショップから流れる音楽もなにやら楽しげで軽快なテンポのものが聞こえてくる。至る所でデコレーションされた街の風景の色は、赤と白と緑だけで覆われたように変貌し、道行く人もどこか浮かれている様子だ。


「えっと、今日がクリスマスイブで、明日がクリスマス……って書いてあるよーエリスちゃん」


 アテナがいつの間にか取り出した現界専門家スペシャリストによるアドバイス帳を見ている。


「クリスマス?」

「うん。神の子の誕生を祝うお祭りらしいよ? どこの神だろうねー」

「あたしらの他に神の子が現界に居るの?」

「私たちと違って人間らしいよー? 人間として生まれた神の子? みたいな?」

「どうせゼウスあたりがまた浮気したんでしょ? どんだけ子供作るのよね」

「いやいやエリスちゃん。人のパパ悪く言うのやめてー。いやその通りなんだけどー」

 

 その時、エリスのコンパクトラブコンがぶぶぶと震えた。マナーモードだ。


「なあに? ママ」

「エリス、とってもとっても緊急事態ですわ」


 開いたコンパクトに映る母アフロディーテの柔らかな表情と声が、まるで切迫した様子に思わせない。


「どうしたの?」

「よく聞いてちょうだい、エリス。現界専門家スペシャリストたちの情報によると、とっても巨大な『愛』がそちらに移動しているようなのです」

「巨大な愛? そっちってどっち?」

「どうやらそれはエリスを目指しているようですわ。つまり神の子が……あ、たった今入った情報によりますと……」


 コンパクトの画面にチラリと映る、A四サイズ程の用紙を差し出す手。アフロディーテはそれを受け取り、ニュース番組の女性アナウンサーよろしく最新情報を伝える。

 

「移動中の『愛』の分析結果が出たようです。どうやら神界を救うだけのパワーがそのひとつに籠められているようですわ。とってもとっても、おっきぃ……のですわ」

「えーそれひとつで神界救えちゃうの? しかもあたしに向かってるの?」

「そうですわエリス。この『愛』は神の子を求めて目指しているのです。是非このチャンスをものにしてくださいね」

「わかったわママ。なんとかしてみるねー」


 女神アフロディーテは最後に、移動中の『愛』の残りの情報をエリスに伝える。


「到着予想時刻は二十四日の深夜零時よ。分類カテゴリー不明アンノウン、個体名は『サンタクロース』よ」

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