第5話 天使の弓(2)
二人は店内の奥の部屋に連れて行かれた。
なんとなく察した二人は、大勢の人質たちの目に触れない部屋に行く事に否やはない。
何かをやるにしても、目立たない方がいいと分かっていた。
「じゃあエリスちゃん。私が変身してみるね」
「そうね。絡まれちゃったしね」
「そろそろゼウスの能力を確かめなきゃって思ってたから、ちょうどいいかもー」
アテナは宣言すると、モードチェンジの掛け声を唱えた。
「チェンジ! モード・ゼウス!」
アテナの全身に光が収束し、眩く輝く。エリスの時とは違い、アテナそのものを光と変えて拡散させる。
「あれ? アテナが消えた?」
アテナは今や全知全能の神ゼウスの化身となり、その肉体を捨て精神的存在へと昇華させる。生命の原理ともいえる息吹きは日本を離れ、地球を見下ろす宇宙の意識となった。巨大化してしまった存在の精神意識の中、地球を見つめるアテナ。
『えっと、エリスちゃん、どこ!?』
ゼウスの能力を理解出来ていないアテナは、途方に暮れる。
「もう、アテナどこ行ったのよ!」
(あ、エリスちゃん?)
(アテナ? どこなの?)
(なんか星が見えるけど、どうすればいいんだろ?)
(全知全能なんでしょう? なんとかしなさいよー)
(えーよくわかんないよー。なんかしたらこの星、壊れそうな気がするー)
交信は出来るようだが、何をどうすればいいのか分からないアテナであった。
そんな事をしているうちに、エリスはワンピースを脱がされそうになった。
「何すんのよ?」
「こうするんだよ!」
男がエリスを抱きしめようとする。――強盗どもには生命としての格が数段上がってしまったアテナの存在は、無かったものとなっていた―― エリスはモードチェンジを唱えた。
(とりあえず何か出来るかもしれない)
エリスはまだ見ぬ可能性を求めて変身する。
「チェンジ! モード・エロス!」
シュワワと光が集まりワンピースが消え、背中に申し訳程度の羽が生えたエリスはエロスの化身となり、キューピッドの能力を授かる。
そしてやはり……全裸だ。
「おい! こいつ自分から脱ぎやがったぞ!」
男どもの視線が全裸のエリスに集中する。
「キューピッズ・ボウ!」
何も無い空間に現れる木の枝で作られた弓。
左手で弓を掴み前に伸ばし、右手で弦を引き絞るエリス。
(愛のないニンゲンに矢を射るとどうなるのだろう)
それを試したくて、モードチェンジしたのだった。
そのせいか今日の羞恥心はちょっとだ。
弓を見た強盗のひとりが、反射的に拳銃を向けて引き金を引いてしまう。だが発射された弾丸はエリスの体に取り込まれて消えた。現界での物理的攻撃は神界の者に対して無効なのだ。
弦を引くと矢が出現し、自動で装填される。矢の先は鉛色に鈍く光っていた。
部屋に居る男どもは五人。そのすべてに連続射出して矢を命中させる。自動照準によってことごとく心臓の位置だ。
矢は光となって消え、かわりに男どもの胸から白くて丸い塊が飛び出し、エリスの推定Bカップの胸に吸い込まれた。
愛の結晶なら赤いハート型だ。エリスはいったい何を吸収したというのか。
「く、苦し……」
男どもはそろって悶絶し、やがて静かになった。
全員死んだようだ。
「愛なき者は死ぬのね」
検証の済んだエリスはなるほどと呟く。
(終わったわよアテナ。戻っておいでー)
(うん。ごめんねーエリスちゃん)
「チェンジ! モード・キャンセル!」
アテナはモードをキャンセルし、エリスの目の前に集まる光の中から、その姿を現した。
「おかえりーアテナ」
「ただいまーエリスちゃん。ごめんねー何も出来なかったよー」
「あたしが何とか出来たみたい。全員死んだけど」
「そうなんだー、よかったー」
騒ぎを聞きつけた残りの強盗が部屋に押し入って来た。
「あーまだ居たんだっけ。めんどいなー」
エリスは再び弓を構え、矢を連続射出するとあっけなく強盗どもを殺す。
「これで全員かな?」
「白い結晶だったねー。魂かな?」
「よく分からないよね。愛の結晶じゃなきゃ意味ないんだけどな」
「とりあえず出ようかー、エリスちゃん。お茶しよーよ」
「そだねー」
二人は店内へと戻り、近くの行員にもう大丈夫だと告げて外に出た。
今度は警察の人間に囲まれ、パトカーまで連れて行かれる二人。
遅れて店内からぞろぞろと人質だった者たちが出てきた。
「保護だ! 急げ!」
途端に慌ただしくなる現場だが、すぐに治まる事だろう。強盗はもう居ないのだから。
女の子という事で婦警に引き渡された二人は隙を見て、こっそりとその場を離れた。
「なんかめんどい事になっちゃったね」
「そうだねー、色々と勉強にはなったけどねー、エリスちゃん」
天使の弓で人を殺せる事も分かった。愛のない人間には死が訪れるのだ。――実はエリスはここでひとつ思い違いをしている。天使の矢には用途に応じて使い分ける種類が存在する事を、まだ知らないのだ。そしてそれはまた、後で判明する事になる。
「あそこにカフェがあるよー、エリスちゃん」
「うん。行こう行こう」
二人は何事もなかったかのように、嬉々としてカフェに向かうのだった。
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