第3話 キューピッドは女子高生!(2)


「しかし時間ギリギリに来るとは、いい根性してるな。すぐに教室に行くぞ!」

「はい。よろしくお願いいたします」

「おっす」


 エリスたちは一年生である。

 仏田に連れてこられた教室は、一年二組だった。


「ここがお前たちの教室だ。入るぞ」


 教室には既に生徒たちが集まっているようだ。ざわざわと騒がしかったものが、仏田が扉を開ける事で一瞬で静かになった。


「よーし転入生だお前ら。紹介するぞ」


 この学校に、起立・礼・着席などの号令はない。仏田はそのまま教壇に立ち、扉で待機する二人を呼んだ。


「愛野エリスと芽手巣アテナだ。外国での生活が長かったようなので、そのつもりで接してやってくれ」

「芽手巣アテナです。よろしくお願いいたします」

「エリスだよ。よろー」


(おい、二人とも可愛いぞ)

(なにあの子金髪よー金髪)

(可愛すぎかよ)

(めっちゃタイプなんだが)

(俺、右側)

(ほそーい)

(くんかくんか)


 教室が一斉に騒がしくなった所で、仏田が一喝する。


「静かにしろー! 席に着いていいぞ二人とも。窓際の一番後ろの並びだ」


 仏田の言葉に、生徒たちがその位置に視線を送る。


(あれ、ここ空いてたっけ?)

(いつの間にか席空いてね?)

(誰か座ってなかったっけ?)


 エリスたちが現界で生活する上で、至る所に現界専門家スペシャリストたちの手が入っていた。精神感応型の記憶操作によって、エリスたちに都合のいいように、記憶をすり替えられてしまっていたのだ。それはエリスたちが係るであろうすべての空間ステージにおいて張り巡らせてある。『一流荘』の大家も当然その範疇だ。


 エリスが席に着こうとしたその時、ポケットのコンパクトミラーがぶるぶると震えた。マナーモードだ。

 

(ママから連絡?) 


 エリスはコンパクトを取り出して開くとそこには――


『ラブ・センサー 反応 大』


 ――の文字が表示されている。


「なんだろ……これ」


 アテナが横からそれを覗く。


「エリスちゃん。近くに大きな結晶が取れる人が居るんだよーそれ」

「なんでアテナが分かるのよ」

「いやいやエリスちゃん。取説くらい読もうよ。私エリスちゃんのサポートだよー『ラブコンLSCC』(ラブ・センサー・コンパクト・コントローラー)の取説くらい読んでるよー」


 エリスはそんなもの読んでもいないし、コンパクトに通信以外の機能がある事など知らなかった。


「そうなの? で、どうすればいいのかしらこれ」

「もちろんモードチェンジして回収だよーエリスちゃん」


(ちょっと待って。ここで変身しろっての? 全裸になれと?) 


 エリスは躊躇った。


「大丈夫だよーエリスちゃん。見た人の記憶は操作されて、忘れちゃうからぁ」


 モードチェンジがどのようなものかも、よく理解しているアテナは、エリスの今の心境を察している。


「だからって今見られるのは変わらないわよね? 忘れるまで記憶されてるわよね? そういう目で見られるのよね?」

「すぐに終わらせれば、すぐに忘れるよー。頑張れぇエリスちゃん」

「ひ、他人事だと思って……」

 

 エリスは覚悟しきれないでいた。あの時の羞恥は忘れられない。――なのに何故ノーパンで居られるのだろうか。エリスの羞恥の基準はイマイチ計り知れない。


「おーい、そこー早く座れー」


 仏田が注意してきた。


(もうどうにでもなれ!)


 エリスはコンパクトを持った腕を水平に伸ばして、教室をスキャンし始めた。取説は読まなくても本能で理解するタイプだ。

 ある方向でぶぶぶと大きく震えた。――そこか! エリスはその先に居る男子生徒を睨む。


(アナタね!) 


 変身する前から顔を赤くし、エリスはモードチェンジの掛け声を口にする。


「チェンジ! モード・エロス!」


 シュワワと光が集まり、エリスの制服を分解してゆく。

 背中には申し訳程度の一対の小さな白い羽が生え、エリスは愛の女神エロスの化身となり、キューピッドの能力を授かる。

 相変わらず足元には履物が残るようだ。エリスはローファーだけの全裸になり弓を構えた。


 教室中の視線が集まる。


(おいおい! 裸になってるぞ!)

(転校生は変態だったーー!)

(女の裸はじめて見た)

(きゃああああああ!)

(胸ちっさ!)

(高校生なのにまだ生えてねーし)

(おまわりさーーーーん)

(ハァ……ハァ)


 エリスは羞恥で顔を真っ赤にし、ターゲットに弓を向ける。


「アンタがリア充ね! 爆発しなさい!」


 弓を全裸で向けられた男子生徒は目を大きく見開き、口元は引き攣っている。驚いていいのか喜んでいいのか、分からない顔をしていた。

 

 番えた矢の先端は鉛色に鈍く輝いていた。それが放たれ、狙い通り男子生徒の胸に飛び込む。

 瞬間、光となって矢は消え、生徒の胸から赤いハート型の結晶が飛び出した。


 エリスはその結晶が、推定Bカップの自分の胸に吸い込まれるのを感じながら、廊下に駆けだす。


「チェンジ! モード・キャンセル!」


 シュワワと光が制服を形成してゆく。

 まだ完全に服の再生が終わらないうちに、全力疾走するエリス。

 いくら記憶が操作されてみんなが忘れると言われても、たった今この場の羞恥心は治まらない。

 とてもじゃないが居たたまれなくて、教室を飛び出したのだ。


「もう! なんでこんな恥ずかしい目にあわなきゃならないのよぉぉ! 」


 学校の廊下を駆け抜けるエリスの目には、涙が溜まっている。

 

「エリスちゃ~~~ん」


 背後からエリスを追いかける、アテナののんびりした声が聞こえる。

 エリスの足は止まらない。

 今日もエリスは振り返る事なく、走るのだった。

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