第2話 キューピッドは女子高生!(1)


愛野あいのエリスは学校の制服である紺のブレザーと、深い赤のチェックのプリーツスカートを着用して、姿見の前でチェックする。


「あ、リボンリボン」


 シャツにホックで引っかけるタイプの、えんじ色のリボンを装着して完了だ。


「可愛いじゃん。スカートはもうちょっと短くてもいいかな?」


 ウエストの部分を折り込んで短くしようとしたが、ベルトの所が太くて折れにくくなっていた。

 最近の制服は、スカートが短くできないような作りになっている事を、エリスは知らない。


「ま、いっか。ふんふんふーん」


 鼻歌まじりに姿見の前でくるりと回ってみせる。ひらりとめくれるスカートの裾から、何も着けない下半身が露わになり、姿見に映った。


「あ、パンツ履かないと駄目よね」


 神界に居た頃のエリスは、下着を着用するという習慣はなかった。意識していないと、ついノーパンで過ごしてしまうのだろう。現界に来てからというもの、まだ履いた事はない。


「パンツパンツ~っと」


 六畳一間の部屋には今、『神界引っ越しセンター』の引っ越しダンボール箱と、『神界通販』で買って届いたダンボール箱が所せましと積まれている。

 寝るスペースも無いような状態だ。


「どこだろう。箱に何が入っているのか、書いておいて欲しいんだけど」


 適当にダンボール箱をあさっていると、部屋の扉がドンドンと叩かれた。

 『一流荘』の各部屋には、呼び鈴ドアチャイムなどという気の利いたものは無い。


「エリスちゃーん。迎えにきたよー」


 可愛らしい声でエリスを扉の外から呼ぶのは、神界からエリスのサポート役に付けられたアテナだ。

 この世界での名前は芽手巣めてすアテナという。


「鍵かかってないから入ってー! てかこの部屋鍵付いてないしー」

「おじゃましまーす。おはよーエリスちゃん」


 押入れのような横開きの扉を開けて、顔を覗かせるアテナの目の前には、ダンボ―ル箱が大量に積まれた物置のような部屋。


「うわあ、まだ片付いてないんだねーエリスちゃん」


 薄い青の透き通るようなロングの髪を煌めかせ、アテナは六畳の畳の部屋に靴のまま上がり込む。

 エリスはそれを気にもしていない。いや、エリスも最初から土足だ。


「おあよーアテナ。早いのね」

「いやいやエリスちゃん。もう出ないと初日から遅刻だよー」

「そうなの? じゃあもう行こうか」


 エリスはパンツをあきらめたようだ。学生鞄を手に持ち、姿見でもう一度髪型をチェックしてから、アテナと一緒に部屋から出た。鍵はかけないし、付いてもいない。エリスに泥棒に入られるかもという、懸念もない。


「なんでエリスちゃん、このアパートに住む事になったの?」


 錆びれた鉄の階段をカンカンと下りながら、アテナは不思議に思った事を聞いた。


「最初に案内されたのがここだっただけよ? アテナはどこに住んでるの?」

「私はホテルのスイートルームに部屋を取ってるけどー。よかったらエリスちゃんも私の部屋に来ない?」

「えー荷物も届いたし、めんどいからいいやー」


 エリスはスイートルームの意味が分かっていなかったので、同じ神界の同じ身分の者がまさか、天と地程も差がある部屋に住んで居るとは思いもしない。

 ちなみにアテナはここまでホテルのハイヤーで来ているので、そのホテルがここから見える事もない。


「そういえばアテナは結晶集めたりしないの?」

「私はエリスちゃんのサポートだけだよー。専用武器持ってるのエリスちゃんだけだし」


 《天使の弓》は専用武器らしい。武器はいいがエリスは毎回、あのモードチェンジをしなければならないのかと思うと、憂鬱になるのだった。


(全裸はないだろぉ、全裸はぁ……)

 

 あの後、母アフロディーテに文句を言うと、『キューピッドとはそういうものです』と、けんもほろろだったのだ。


 


 二人は電車通学である。朝のラッシュで満員の車内に揺られ、やがて目的の駅に到着する。

 駅から程近い場所にその学校はあった。


 『私立金冴有場高校しりつきさゆばこうこう』 二人の通う学校だ。


 十二月という時期なので、二人は編入という形で入学している。一年生だ。

 神界に存在する現界専門家スペシャリストたちの手によって、すべての段取りは滞りなく済んでいる。

 エリスたちは何も考えずに、ただ学校へ行けばいいだけなのだ。


「あたし学校なんて行くの初めてなのよね」

「私だってないよー神界にそんなのなかったしねー」

「この制服も可愛いし、女子高生って職業も楽しみねっ」

「最初に職員室って所へ行くって書いてあるよー。エリスちゃん」


 アテナの手にしているノートは、現界専門家スペシャリストによるアドバイス帳である。


「なにそれ、あたしそんなの持ってないよ」

「いやいやエリスちゃん。その制服と一緒に送られてきたはずだけど。……部屋にあったダンボール箱に入ったままなんじゃないのー? エリスちゃん」

「あーそうかも!」

 

 帰ったら片づけないといけないなと、昨日から何もしていないエリスは、部屋に積まれたダンボール箱を思い出して、げんなりとなる。


 職員室はすぐに分かった。扉に書いてあるからだ。二人はまだ文字を書く事は少ししか出来ないが、読む事は神界オリジナルの睡眠学習いちやづけによって問題なく読めるようになっていた。ちなみに愛の結晶の集め方の説明書や、アテナの現界専門家アドバイス帳に書かれている文字は神界語である。


 ガララと横開きの扉を開いて中に入る。誰の所へ行けばいいのだろう。アテナはアドバイス帳を見ている。


仏田ほとけだ先生の所へ行けばいいみたいだよー、エリスちゃん」


 そうは言っても誰が仏田先生なのか分からない。

 ならば聞けばいいと言うものだ。


「仏田先生~~~~どこですか~~~~!?」


 エリスは職員室に大声を響かせる。


「おお。ここだ!ここ!」


 奥の方の席で、三十代程の男性教師が手を振っている。


「居たよっアテナ。行こう」


 仏田はスキンヘッドの強面だった。体格の良さからも鑑みて体育教師にしか見えない。いや、何よりも十二月という季節にランニングシャツ一枚という格好が、そうとしか見させてくれない。


「はじめまして。芽手巣アテナです。今日からお世話になります」


 アテナは挨拶の出来る子だった。


「あい、愛……なんだっけ……エリスだよっ」


 エリスは挨拶どころか、自分の名前も言えない子だった。


「おお、聞いてるぞ。芽手巣と愛野だな。俺は仏田だ。よろしく!」

「あ、それ! 愛野だあたし」

「なんだ? 愛野は自分の名前を忘れてしまったのか? 面白いやつだなお前!」

「えへへーありがとー」

「いや、褒めてないから!」


 初日から馬鹿な子だと思われたかも知れない、エリスであった。


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