●終章8話(最終)……終わりの時

 敵陣を強引に割り進む。

 カルナスに預けられた軽歩兵は、防具が軽装である分、腕に覚えのある者たちばかり。

 また、カルナスとリアナも馬を本営から出す余裕がなかったため、下手に騎兵を決死隊に加えると、指揮官が部隊の進撃に間に合わない、という事情もあった。

 ともあれ、邪魔する兵を次々に圧し潰し、切り倒してゆく。

「邪魔だ、俺の相手は魔王ただ一人!」

 魔王へ一矢報いる。たとえ軍勢としては敗れようとも、姫を取り戻すため、あの魔王に正義の一撃を加える。

 カルナスはこのとき、もはや正気を失っていたのかもしれない。

 しかし、会戦は敗勢、もはや後はなく、この機を逃せば永遠に姫は魔王に囚われたまま。

 そのような運命なら、せめて究極の目的だけは果たさなければならないと考えたとして、誰がそれを責めることができようか。

 目指すは敵の本営。そこに魔王と姫がいると信じて。

 彼の剣が閃光のごとく走る。


 ついに彼は本営に突入した。

「魔王はどこだ! 俺が討ち果たしてやる!」

 すると、意外なほど素直に魔王が名乗り出た。

「僕が魔王クロトだ! 仮面卿カルナス、貴殿の悪行もここで終わりだ!」

 大薙刀を一振りする魔王。

「ほざけ、世界を停滞に導く魔王め、姫を闇の中から返してもらうぞ!」

 そういえば本営には姫の姿が見えない。きっと前線ですれ違ったのだろう。

 まずは魔王を倒す。そうすれば姫も、きっと我に返るに違いない。

 非現実的な考えだが、今のカルナスにとってはそれが全てだった。

「いざ勝負!」

「闇を打ち払うのは、俺をおいて他にない、行くぞ!」

 お互いの武器が、火花を散らしてぶつかり合った。


 数十合は打ち合った。

 魔王、カルナス、ともに手傷を負っている。

「こしゃくな……勇者は負けるわけにはいかんのだ!」

「僕だって、ここで死ぬことはできない、白雲と同盟国の明日のために!」

 ふと周りを見やれば、リアナが重傷を負い、倒れている。

 どうやら、そばにいたデミアンが他の武官とともに滅多斬りにしたようだ。

 魔王は目前。次の一撃で勝負を決める。

「食らえ、これが破邪の剣だ――」

 カルナスが斬りかかろうとした瞬間。

「させませんわ!」

 背中に激烈な衝撃。

「ぐっ、だ、誰だ!」

 振り返ると、馬に乗っていたのはよく見知った顔。

 金髪碧眼のまばゆいほどの美貌。白銀の鎧と白い馬上槍が、その美しさを際立てる。戦地にあってもなお、その可憐さはいささかも鈍ることがない。

 姫。彼が追い求めていた「姫」である。

「お、お前は」

「クロト様を傷つけるのは、このアイリーンが許しませんわ!」

 きっと、窮地を聞きつけ、前線から舞い戻ってきたのだろう。

 馬上から、何段もの激烈な突きが襲いかかる。

「くそっ、畜生め!」

 防ぎ続けるが、しかし、もはやカルナスは限界だった。

 今度は腹に衝撃。

「うぐっ!」

 ひるんだカルナスに、姫が槍を構える。

「覚悟なさい、仮面卿カルナス!」

 必殺の一撃が、カルナスの喉元をえぐった。


 教本を取られて、半泣きの表情をしていた少女。

 後の魔王に追いつくべく、図書館で必死に勉強をしていた彼女。

 淑女の振る舞いを身に着け始めた頃の姫。

 士官学校を卒業直前に、あの男を見てほほを染めていた麗しの姫。


 全ては、一炊の夢に過ぎなかった。

 それを悟ったカルナスは、ゆっくりと生命活動を閉じていった。


 四十年後。

「かくして、魔王は勇者を倒し、姫と幸せに暮らしました。おしまい」

 老爺が孫たちに弾き語りを聴かせていた。

 しかし。

「魔王が勝っちゃうの?」

「姫は幸せなはずがないよ。魔王だもの」

 孫たちは不服のようだ。

「そうだな。しかし、本当に魔王は『魔王』だったのか?」

 かつて、亡きホプリの手勢、末端の兵士として各地を転戦し、主の死後は楽士として世界の情勢を追っていたこの老爺。彼が冷静な目で当時を振り返るに。

「魔王というのは、勇者が見ていた悪夢の中の存在でしかなかった、のではないかな」

 彼がしわがれた声で言うが、しかし孫たちは不服げ。

「でも、勇者が報われないなんて」

「姫はとらわれたままだったし」

「お前たち」

 老爺はそれをいさめる。

「世界は広い。先入観にとらわれてはいかんぞ。常に水平の眼で、あるがままに情勢を測らねばならん」

 しかし。

「またおじいちゃんの説教だ!」

「説教だ!」

 老爺は孫たちに否定され、眉尻をやや落とす。

「むむ、仕方のない孫たちだ」

 言って、彼は窓の外を見る。

 今日は白雲伯クロトと、その妻アイリーンの結婚記念日。街はにぎわっている。

 昔を思っていたら、少し疲れたようだ。

 外からかすかに聞こえる喧騒の中、老爺は静かに目を閉じた。


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停滞の軍師――世界の流動は亀裂を生み、学び舎の同期貴族は儚い想いのため戦いの声を上げる 牛盛空蔵 @ngenzou

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