●終章2話……美しきかな

 これはカルナスが後から知った話。

 あいさつを済ませたカルナスたちが、いったん退出したあとの応接間。

 モルゲウスは傍らの側近に問う。

「どう見る?」

「仮面卿とその従者様を、ですか?」

「そうだ」

 側近はしばらく考え。

「殿下と心を一つにするに充分な憎しみをお持ちかと」

 しかし第二王子は冷笑する。

「凡庸な読みだな」

「も、申し訳ございません」

「まあいい。……仮面卿の正体を知っているか」

「……は、いえ、存じません」

「やつはカルナス。タートベッシュの士官学校で首席の男だ」

「首席……かなりできる男ではありませんか」

「そうでもない」

 事もなげに第二王子は述べる。

「根拠は、やつが白雲邦を憎んでいる理由。それは」

「それは?」

「惚れた女が魔王クロトを選んだから。ただそれだけの、逆恨みでしかない」

 彼は心底見下したような声で話す。

「なんと……私怨ではありませんか」

「その通り。俺のような気高き敵討ちとはまるで違う。たかが私怨のために、国を売り壊乱を招く。これを愚者と言わずしてなんと呼ぶ」

「これは、さすがに……」

「だがな。道理の愚者も実務の賢者たりうる」

 モルゲウスはもったいぶった言い回しをする。

「はあ……それは?」

「やつが策略と奸智に長けるのは事実だ。そうでなければ首席も取れんし、クロト相手に何度も戦いを挑めん。結果として全て負けてはいるが、凡人ならとっくにあの世行きだ」

「ははあ、なるほど、殿下の駒としては使える、と」

 側近の言葉に、彼はおぞましいほどの笑みを浮かべる。

「全部済んだら殺処分だ。都合の悪い罪を着せられるだけ着せて、処刑台に送れば良い」

「なるほど……」

「これは騙しではない。私怨で戦を挑むあの男への、ささやかな天罰だ。正義の執行だ」

 モルゲウスは「これで全て筋も道理も通る」と言うと、哄笑がこだました。


 数日後。モルゲウスたちの姿は、王太子の応接間にあった。

「モルゲウス、我が弟よ、これはどうしたのだね」

 しかし、いけ好かない内装だな。カルナスは思った。

 数百年前の、芸術最盛期の美術をあからさまに意識している、荘重にして典雅な意匠。

 実用性は皆無。意匠の都合で鍵は破りやすく、扉も壁もよく燃え破壊の容易な仕様である。

 数奇者が感心し、兵法家が呆れ返る。簡潔にいえばそのようなありさまだった。

「いきなり、その、このようなものを、献上……いや、単純に驚いているのだよ」

 彼の目の前にあるのは、許嫁の形見。希少な宝石の首飾りだった。

「この品は、私の知る限り、モルゲウスにとって大切な思い出の……それを……」

 言うと、第二王子は返す。

「恐縮しなければならないのは、私のほうでありますぞ、兄上、いや、王太子殿下」

 カルナスは仮面の下まで無表情に、静観する。

「私は、己の愚かさを悟ったのです」

「ほう……?」

 王太子は興味深げに身を乗り出す。

「今まで、私は不遜にも、殿下もご存知の通り、殿下とつまらぬ争いを続けておりました。しかし気づいたのです。私が身の程を弁えず争いを続ければ、道理は引っ込み、国は千々に乱れ、『大切なもの』を全て失うことになると」

「お、おお」

 まだ王太子は若干戸惑っている。

 無理もない。カルナスも「魔王」がいきなり「姫」の身柄を引き渡してきたら、喜ぶ前に困惑するだろう。

 だから説明が大事である。

「私の過ちが簡単に許されるとは思うておりませぬ。そこで、心を尽くしてけじめをつけるため、この品を献上申し上げることとした次第」

 言うと、しかしまだ王太子は釈然としない様子。

「やはりまだお許しくださりませぬか」

「いや、その」

 だから次の品を出す。

「もとより簡単に誠意が伝わるとは思っておりませぬ。ですから、こちらも併せて……」

 モルゲウスは次の品を捧げ持った。

「こちらはご存知かもしれませぬが……異民族ガンドラを討伐した際に大王陛下から賜った剣でござります」

 豪華な拵え……とまではいえないが、明らかに異文化のものと分かる宝剣。ガンドラから接収した際に、そのまま大王から下賜された一品だ。

 これには単に貴重品である以上の、もう一つの意味がある。

 モルゲウスを有力たらしめているのは、これまで積み重ねてきた武功、軍功でもある。

 特にガンドラとの戦いでは、彼は縦横無尽の大活躍をし、その武威を広く世に知らしめた。その結果手に入れたのがこの剣。

 それを王太子に譲り渡す。跡目争いの、いわば力の証を放棄する。

 経緯が分かれば、誰でも意味を理解するだろう。

「これは……」

「殿下、ご存知でないのですかな」

「そうではないのだよ……これを……この剣を……?」

「左様、この剣を、でございます」

 しばし王太子は呆然としていたが、やがて。

「モルゲウスよ、お主の心意気、確かに分かった。本当に、いさかいをやめてくれるようだな」

「然り。これらは反省の証でございます。私は罪を、身を切ることをもってあがなわなければなりませぬ」

「そうか……これほどまでに」

 王太子の目に涙が浮かぶ。

「モルゲウスよ、私の頼れる弟になって欲しい」

「そのお言葉、まさに待ちわびておりました……!」

 兄弟は、しっかと抱き合う。

「よかった、やっと、やっと和解相成った……!」

「殿下、特に兵事の際はお任せを、必ずやお力に!」

 二人の王子を、カルナスとリアナが黙って見ていた。


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