●終章1話……大王国

 義憤を糧に、得られるべきものへ手を伸ばす男がいた。

 そのものは――「姫」は今は悪しき魔王に囚われている。世界の死を望む、破滅的な破綻者に。

 男は知略を以て、幾度も魔王へ戦いを挑んだ。果てなき正義の闘争。飽くなき報いと運命への試み。

 しかし、魔王はその邪智によって、幾度も男を退けた。身の毛もよだつ残酷な術策によって、その義憤の執行をはねつけ続けてきた。

 何度も叩き潰され、それでもなお、男は仲間の叱咤激励によって己に誓った。

 魔王を必ず倒す。祖国に手向かうことになっても、姫を悪の手から救ってみせる。


 これは、男が最後の戦いを挑む物語である。


 カルナスは、道中見つけた廃屋の中で、休息しながら反省する。

 大公国の敗戦は、莫大な戦力を整えた上でなお失敗した。

「だが、俺は戦力の調達自体はどこも間違っていないと考えている」

「それはそうでしょう。まず力で圧倒するのは、カルナス様に限らず常道ですよ」

 傍らのリアナがうなずく。

「戦力をどこかから引っ張ってきた上で、力攻めに頼らず戦術をいくつもぶつける。これが最適解としか言いようがない」

「おおせの通り」

「大公国はもう力を貸してくれないだろう。別のところを焚きつける必要がある。……俺が考えているのは――」

 彼は自分の目算を彼女に伝えた。

「なるほど。あの二国ですか」

「協力……というより……まあいい、『協力』を取り付けた上で、俺はそこの策戦立案に関与できるようにならなければならない」

「然り。もっとも、カルナス様の腹案通りに進めば、策戦立案への関与はそれほど難しくはないかと」

「そう思いたい。今のところ仮面卿としては敗戦しかしていないが……」

「あの国の事情を考えますと、それでもどうにかなりそうですね」

 リアナは蠱惑的な笑みを浮かべる。

「『両国から』信用を勝ち取った上で、戦に臨む。大公国と違って連携が必要だな。……つくづく大公国の戦で勝てなかったのが悔やまれる」

「仕方のないことです、カルナス様」

 彼女は彼のほほに手をやる。

「最後に勝てばそれでよいのです。勝敗は兵家の常、私はいつもお傍におります」

「ありがとう。……では行くか」

 彼は立ち上がり、外につないでいた馬のもとへ向かった。


 ガレドニア大王国。奇しくも大公国と同じく、「国王」ではない者――大王の治める国。

 しかし、当の大王は現在、実権を失っている。

 だからこそカルナスはこの国を選んだ。

「大王様は未だ病か。分別を失われてこの国はどうなるものか……」

「嘆かわしい。このままでは国が割れるぞ」

 不穏な話がちらほら聞こえる。

 もっとも、カルナスがこの国をさらに不穏にするのだが。

 いや、そう考えてはならない。彼の目的は、あくまで「魔王」の打倒と「姫」の奪還。結果として、というより手段としてこの国に介入することになるが、彼とて無意味に魔王以外を害したいわけではない。

 必要だから介入する。それに、その介入が大王国にとって不幸であると決まったわけではない。事情を鑑みれば、むしろ有益であることさえありうる。

 いずれにしても、介入をあきらめることなどない。計画は実行される。

「おおむね、事前の調べ通りの国情ですね」

 リアナが仮面をかぶりつつ言う。

「ああ。悪くない」

 彼も仮面の具合を整える。

「民にしてみれば、たまったものではないのだろうが」

「まあ、お気にされることではありませんよ」

「そうだな」

 その通りだった。

「城が見えてきましたね」

「そうだな」

「いよいよ第二王子と面会ですね」

「きっと心配はいらない。話を聞く限り、大いに気が合いそうだ」

「ふふ、それはよろしゅうございます」

 二人は門前で、大きな城を見上げた。


 城に入り、カルナスたちは第二王子の応接間に通された。

 第二王子の応接間、である。

 いわゆる大王との謁見の間ではない。大王は一応存命であるので、当然、第二王子が勝手に使うわけにはいかない。

 それは第一王子、つまり王太子であっても例外ではない、はず。今から会うのは第二王子であるから、実際のところはカルナスは知らないし知ったことではないが。

 たとえ彼の策謀が成功したとしても、王太子を亡き者にはできても、謁見の間は――ひいては玉座は、それだけでは占領することはできないだろう。

「待たせたな。貴殿が『仮面卿』、それに『仮面従者』か」

 ぎらついた眼。大柄な体躯。それでいて声は神経質な気配を感じさせる。

 この男こそが第二王子モルゲウス。実権を巡って王太子と対立している、反骨の俊英。

「こちらこそお会いできて光栄でございます、モルゲウス殿下」

 仮面卿カルナスは一礼する。

「仮面卿よ、失礼でなければ一つうかがいたい。貴殿はタートベッシュ王国の白雲邦を、理由のいかんはどうあれ憎んでいる、それで間違いないかな」

 あまりにもズカズカ踏み込む物言い。しかしカルナスは別段いらだちはしなかった。

「いかにもそのとおりでございます。失礼ながら殿下も同じく、とうかがっておりますが……」

 むしろ話が早くてよかった、と彼は思う。

「おお、話が早い、その通りだ!」

 モルゲウスは何度もうなずく。

「これはいい。人をつなぐ力は数あれど、同じものへの憎しみもまたその一つだ、と俺は思う。負の感情でも一向に構わん。ともに力を合わせようではないか」

「御意。殿下にそうおっしゃっていただけるなら、これ以上の果報はございません」

 カルナスは、予想を一寸たりとも外れない展開に、仮面の下でほくそ笑んだ。


 一連の流れはどういうことか。

 まず本人が言っていたように、第二王子モルゲウスは、白雲邦に恨みがある。

 彼は一軍の総大将として、かつて白雲邦へ攻め入った。しかし当時存命だったゲーエンの采配で散々に打ち負かされ、その際に許嫁が戦死。許嫁は将来の夫のため、雄々しく戦い、壮絶な死を遂げたという。

 一方、王太子はそもそもタートベッシュ王国に好意的で、「魔王あるいは軍神」クロトとも親交を得たがっている。これは当然、モルゲウスとの対立の主要な一因ともなっている。

 そこでカルナスは、第二王子モルゲウスに協力し、王太子を討ち滅ぼす。その後、実権を得た第二王子と心を一つにして、白雲邦への軍事行動の成就を目指すというわけだ。

 もっとも、大王国単独で白雲邦を攻撃するわけではなく、また一手間をかけるわけだが、その詳細は追々明らかになるだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る