第22話「複数で行う一騎討ち」

 その報せを聞いたベイナードは、顔面を蒼白にした。

「なんだと?」

「白雲邦が、我らを討つべく挙兵しました。あのクロトも参陣する模様であります」

 仮面卿は出奔し、軍師はいない。兵の士気は最悪。このアナウンスメント自体が、さらに軍団の戦意を削ぐだろう。まともに交戦ができるかどうかも、若干怪しい。個々の兵は勝っていても、軍として勝てる要素がない。そのぐらいは彼にも分かる。

 せめて、もう少し早くベイナードが正兵主義を捨て、きちんと兵略の鍛錬をしていたら。

 クロト相手に付け焼き刃はなかなか通じないとしても、今よりはましな戦況になるはずだ。

 しかし悔やんでいる余裕がない。

 ……されど、対抗策もまるで思い浮かばない。

 逃げるか。もともと俺はただの山賊。持てるだけ金品を持って、戦わず逃げるか。

「……団長?」

 いや、せめて一回は戦わないと、世間に申し訳が立たない。かつて周辺領邦を脅かした軍団の長として。

「分かった。戦いの準備をせよ」

 ――だが、一回戦ったら、あとはとんずらをこくまでだ。俺は貴族でも騎士でもないからな。

 このみっともない理屈を、彼の宿敵クロトが聞いたら……きっと特に何も思うまい。クロトは武人の道だの、散華の覚悟だのに興味などないだろう。

 むしろ「命あっての物種」と考えているような節があるから、逆に納得するかもしれない。あくまでも高潔であろうとしているらしいアイリーンや、根は武人であるといわれるデミアンなどと違って。

 もっとも、それでクロトが兵を引くはずがない。それはそれ、これはこれである。

 最悪の場合、総大将ベイナードは、雑兵や部将級の敵と、自ら剣を交えることになるかもしれない。

 全力を尽くすしかない。宝をもってとんずらするところまで含めて。

 彼は生きるために、死地へ向かう決意をした。


 白雲邦の大義。平和を乱して民草を悩まし、財貨を不当に収奪する山賊団を討つ。

 対して、山賊団に大義は何一つない。

 白雲軍挙兵の報せが広まってから、山賊団の士気の低下と脱走にますます拍車がかかっている。

 まともな戦はできない。仮に精妙な兵法を用いたとしても、こうも士気が振るわなければ、途中で失敗するだろう。作戦が漏れるか、指揮官が寝返って筒抜けになるか、あるいは敵に迎え撃たれるか。

 兵舎で山賊団の兵士たちが話していた。

「今度の相手は白雲か」

 筋骨隆々の戦士がぽつりと言う。

「お宝はあまり期待できねえ……って、そういう問題じゃねえな」

 軽薄そうな兵士がつぶやいた。

「お宝どころか、我らが命を奪われかねない」

「どう考えても不利だしな。兵の人数だけはまだ優勢だが、それで勝てるとは思えねえ」

「おまけに相手には軍神クロトがいる。今の山賊団に、やつを超える兵法家がいるとは思えん」

「全くだ。こりゃ『退き時』かな」

 つまり脱走の時ということである。

「めったなことを言うな。味方に処刑されるぞ」

「言っても、あんたも薄々そう思っているんじゃねえの?」

 筋骨隆々の兵は、無言をもって答えた。

「身の振り方を考えねえと」

 軽薄そうな兵士は、そう言って練兵場へ向かった。


 白雲にとっては消化試合。山賊団にとっては滅亡への旅路。

 それぞれの意識が交錯し、両軍は草原で激突した。

「進め!」

「隊伍を乱すな!」

 見事な統率――これには「軍神」クロトのカリスマ性も寄与している――で突っ込んでいく白雲軍。

 それに対し山賊軍は。

「迎え撃て」

「……行くぞ」

 隊列はどこか不ぞろい。進む歩はなんとなくやる気がない。兵士の内心がにじみ出ている。

 と、疾風のごとく一人の将が、馬を駆って白雲軍へ突っ込んでいく。

「どけ、雑魚ども!」

 山賊団の団長ベイナードである。

「雑兵に用はない、道を開けろ!」

 さすがは首領というべきか、紫電のごとき槍さばきで白雲兵を倒していく。

「話にならんぞ、白雲には骨のあるやつはいないのか!」

 雑兵たちをしばらくいたぶっていると、白雲からも前に進み出る武将がいた。

「その勝負、買った。俺は白雲軍の中隊長、デミアン!」

 デミアンが風を切って戟を振り回す。

「大将首と見受けた。尋常に勝負、勝負!」

「小僧が、その鼻っ柱をへし折ってやる!」

 ベイナードは大剣を構えた。


 猛然と迫る戟の突き。軽くいなして、首を狩らんとする大剣の一太刀。

 どちらも決して譲ることなく、得物を打ち合う。

「まだまだ!」

「なんの!」

 しかし、見る者が見れば、デミアンがゆっくりと劣勢に傾いているのが分かるだろう。

 ベイナードの一撃は重い。かなりの力の乗った攻撃である。

 デミアンの挙動が。徐々に鈍ってゆく。少しずつ防戦の様相になる。

「そこだ!」

「くっ!」

 デミアンは渾身の一撃を防ぐが、戟が弾き飛ばされる。

「しまった!」

「ハハハ、武器がなければ何もできまい!」

 迫る敗北の時。

 しかしそこへ割り込んできた者がいた。

「お待ちなさい。その試合、このアイリーンが引き継ぎますわ!」

 馬上槍を構えつつ、令嬢が乱入してきた。

「無礼者め、これは一騎討ちだ、邪魔をするな!」

 ベイナードの言葉に、しかし彼女は凛として返す。

「戦とは集団でするもの。己の人望のなさを恨みなさい!」

 集団でするのだったら、そもそも一騎討ち自体が否定されるべきだろう。

 しかしこの場にそのような「無粋」な反論をする者はいなかった。

「アイリーン嬢、助かったぜ」

「お礼は無用。ベイナード、行きますわよ!」

「こしゃくな、来い!」

 団長は再び大剣を振るう。

 だが、デミアンは予想以上に健闘していたようだ。ベイナードの剣技が、当初より鈍っている。

「くっ、箱入り娘ごときが」

「どうしました、先ほどの威勢はどこへ行きましたの?」

 彼女の突きは、疲れを見せるどころか更に勢いを増す。

「この勝負、お前に預けた、また会おう!」

 もとより一騎討ちだけで合戦に勝てるはずがない。おそらくベイナードは、適当な将校を一人、二人仕留めて味方の士気を上げるつもりだったのだろう。そうだとすると、一騎討ちで一人も討ち取れなくても、それほど大きな問題はない。

 まさに「戦は集団で行うもの」なのだ。

 馬を反転させようとするベイナードに対し。

「逃がしませんわ!」

 その隙をついて、気迫の一撃!

 鎧を貫通し、心臓を貫いた。

「ぐ、は、馬鹿な、くそ……」

「敵将、討ち取りました!」

 戦場に、歓声がとどろいた。

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